万年モブBだった僕は異世界転移してモブAの座を手に入れる。
僕の名前は模部美伊予。
教室の隅で読者をしているような、言わばモブキャラである。
クラスで話す人がいるとすれば、モブ仲間が2人ほど。
孤独に蝕まれた僕達は互いの心の隙間を埋め合わせるように、寄り添い合っている。
ただ、クラスメイトは僕達3人を友達だと思っているようだけれど、僕はそう思っていない。
今、僕の隣でスマホゲームをしながら、パンを食べているクラスメイト、通称モブAは時々、クラスの人気者である聖澤優斗君に話しかけられているからだ。
僕はこいつが許せない。
今だって、パンくずをボロボロ落としているせいで、近くで弁当を食べている女子から白い目で見られている。
なのに、あろう事かクラスの主人公と会話ができているのだ。
僕と聖澤君の接点は、体育祭で円陣を組んだ時隣の女子がなかなか肩を組んでくれなくて、それを察した聖澤君が間に入ってくれた時ぐらいだ。
会話は一言もした事がない。
僕はいつだってモブBだ。
モブAはセリフがある。
モブCはキモさ故の知名度がある。
けど──
「模部美〜、今日暇だろ〜?ゲーセン行こうぜ〜」
けど──けど、モブBはモブAの腰巾着でしかないのだ。
僕にセリフはない。
今日もただ、モブAの言うことに従って、頷くだけ。
こんな生活、いつまで続くのだろうか。
ゲーセンなんて全然行きたくないのに。
僕も聖澤君みたいになれたらな……
まるで物語の主人公のように、みんなに愛されて、学園生活を満喫して──僕もそうやって生きていけたらなぁ……。
「おい、模部美。何黄昏てんだよ!どーせエロい事でも考えてたんだろ?」
うるせぇな、モブA。お前がそういう事を大声で言うから僕達の評判もどんどん下がんだろ!
モブはモブらしく大人しくしてろよ!
なんて、思っても、僕は声に出して言うことは出来ない。
だって、僕はモブBだから。
「おい、何睨んでんだよ!」
別に睨んでなんかない。ただ呆れたのだ。
何もかわらない僕に。
何もわからない君に。
「テメェ、模部美!何とか言えよ!」
痛っ──
モブAの拳が僕の顔にめり込む。
また暴力か。
全く、直ぐに手が出るんだから。
少しは自制しろよ。モブ野郎──
「こんにちは。模部美さん」
ん? あれ? ここはどこ?
「ここは死後の世界です。貴方は学校の昼休みに亡くなられたのです」
僕が……死んだ?
今、僕が立っているのは冷たい床の上。
薄暗い部屋の中だ。
正面には人間とは思えない、芸術的な美しさを持つ女性が、切なげな瞳でこちらを見ていた。
「貴方がモブAと呼ぶ方が貴方を殴ったのは覚えていますか?」
覚えている。
あいつの機嫌を損ねた僕は──
「その時、貴方は殴られた衝撃で、口に含んでいたタコさんウインナーを喉に詰まらせました。必死に取り出そうとするも、足の部分が返しになり、そのまま窒息しました」
……思い出した。
全部思い出した。俺が喉にタコさんウインナーを詰まらせて、必死に助けを求めている時も、あの男は、モブAは笑っていた。
許せない、許せない──
「貴方にはふたつの選択肢があります。このまま全てを忘れて赤子からやり直すか、能力を授かって異世界に行くか」
い、異世界……?
まさか、僕も異世界に行けるのか?
「能力というのは……」
「ええ。そうです。貴方たち日本人がチートスキルと呼ぶ物です」
そんなの、異世界に行きたいに決まってる。
昔からの、僕の夢と言ってもいい。
僕の表情から、答えを察した目の前の女性は両手を広げて、僕に告げる。
「では、貴方にピッタリの称号を与えましょう」
モブA……数多の主人公達に干渉する者
「これが……これが僕の……いや、俺の新しい能力……」
「そうです。これから貴方は多くの主人公達をときに導き、ときに邪魔し、ときに対立し、ときに救うのです」
「じゃ、じゃあ──」
「はい。貴方はモブBの立場を捨てて、新しくモブAとしての人生を異世界で歩むのです」
「俺にできるでしょうか」
「できますよ。貴方なら。きっと、素晴らしいモブAになります」
ずっと、根暗で、変われなかった自分。
勇気が踏み出せなかった自分。
全てを脱ぎ捨てて、新たな自分に生まれ変わるときが来たんだ。
「俺は主人公になれるような人間じゃないけど、モブAとして次の人生は頑張ります」
「ふふっ。何を言ってるんですか。貴方が、貴方の為に生きている限り、自分の人生の主人公です」
「俺が主人公……いやいや、俺なんて根暗で、なんの取り柄もなくて、顔もかっこよくなくて……」
「関係ありません。の〇太くんだって、ジャイ〇ンだって、ス〇夫だって、傍から見れば、カースト最下位のモブです。しかし、ドラ〇もんにスポットが当たっているがゆえに、彼らはその地位を確立している。主人公か主人公でないか、そんなものは視点の差でしかないのですよ」
じゃあ俺のこれまでの人生は──
「敢えてもう一度言いましょう。貴方が貴方の為に生きている限りにおいて、貴方の人生の主人公は貴方です」
ずっと、モブAのために生きて来た俺は、どう頑張っても主人公になれなかった。
けれど、俺がもし、その人生を自分の為に使えば……
「俺、次こそは自分の人生を自分のために謳歌します」
「はい。そうしてください。では、暫しのお別れです。貴方の人生に幸あれ」
こうして、俺は異世界でモブAになった。
モブAの称号は凄まじく、いとも簡単にモブBとモブCが仲間になったり、テンプレに遭遇しやすくなったりした。
おまけに、見た目も自由に変えられるようになったので、今はピンクのモヒカンヘアーのおっさんだ。
如何にもモブって感じでかなり気に入っている。
俺の人生は俺のもの。主人公の人生も俺のもの。
世界的に見れば、主人公は、やはり俺ではないかもしれない。しかし、それでもモブAになった俺の2度目の人生、という物語置いては、俺が主人公で、主人公達は皆モブになる。
嗚呼、何て楽しい人生だろうか。
もう二度と、俺は自分を蔑んだりしない。
もう二度と、自分に失望したりなんてしない。
「はいはい、ストーップ!!兄ちゃん。待てよ」
だから、俺は今日も誰かに声を掛ける。
傍から見れば、冒険者ギルドで酒を飲むモブの新人いびりに見えるだろうか。
だが、少し違う。俺は洗礼を与えてやるのだ。
自分の人生を自分の為に生きてない奴に伝えてやるのさ。
『お前の人生はお前のものだ』
お読み下さり、ありがとうございます!
このお話は、愛する女神の為ならばという別の物語の14話に登場するとあるモブの物語です。
物語において、主人公は固定されてしまいがちですが、その周囲の人間にも感情はあって、それぞれの思惑があるのだということを伝えたく、今回のお話を書きました。