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平和です 3

歴代最強と呼ばれる魔王、アレクセイ様。

先代魔王が崩御した翌日に生まれてきたかの御方は、周りからの期待にいつか押し潰されてしまうんじゃないかとずっと思っていた。

生まれた時から魔王という重責を背負わされた、可哀想な御方。





今はそんな片鱗一切ないけどな‼︎‼︎‼︎





魔王様の側近という名の雑用係、レフ。

それがオレである。

側近なのに雑用係?と思うだろ?いや、マジで。

影使いという、魔法とは違うちょっと変わった力を持っていた祖先は人間の国を追われ、魔王領に辿り着き、そっから魔族と結婚して。その末裔がオレだったりする。

お陰で見た目は人間と大差ない。

そのせいか。

「極東の小さな島国にコメとかミソがあるらしい」

無表情で言い切った魔王様。これは買ってこい、という意味だ。

魔王様は誰もが見惚れる美貌を持っている。艶やかな黒髪も、煌々と輝く赤い瞳も、無表情であっても色気がダダ漏れである。実際、魔王様に取り入ろうとする女性は数知れず。

だが、魔王様の唯一は二百年前から決まっていて、その唯一に対してだけめちゃくちゃ甘いのだ。

このお使いだって、先日総料理長のガンツ翁に、魔王様の唯一が愚痴ってたから知ってる。恋しい故郷の味だって。

歴代魔王様を見てきたという年齢不詳のドライアド、ガンツ翁。彼が“終焉の森”で拾ってきた異世界の少女シーナ嬢。

頑固一徹という風情のガンツ翁が殊の外可愛がってるという彼女が魔王様の唯一になったと知ったのは、百五十年前のこと。

ゴブリンより弱いシーナ嬢は、戦闘は全くできない。

勇者の襲撃で重傷を負った彼女を救い、友人を亡くして悲しむ姿に自身の命を賭けた結界を城に掛け、更には城内で働く者全員に自身の生命を優先させるよう厳命した。シーナが泣くから死ぬことは許さない、と。

どんだけシーナ嬢が大好きなんですか⁉︎というのは城内全員の心の声である。

ガンツ翁も無言で頷いてたから、誰も反対しなかったけど。それまで、シーナ嬢を避けていた奴らも、仲間の死を悼み、泣いてくれた彼女に、ちょっとずつ心を許していった。

なんと言っても我らが魔王様が選んだ、たった一人の唯一だ。

とにかく魔王様がシーナ嬢に激甘なのだけは周知の事実になった。

城内の者達はいつ結婚するのかとソワソワしている。


だというのに。


「アー君、美味し?」

「ああ。初めて食べるが美味いな」

魔王城の中庭。別名、ドライアドの罠。森のように木が生い茂っており、許可なきものは方向感覚を狂わされる。

そんな物騒な木々の木漏れ日の下、ただの石垣と化している東屋に座って、優しい笑みを浮かべるシーナ嬢と、そのシーナ嬢をうっとり見つめる我らが魔王様。

信じられるか?

めちゃくちゃ甘い雰囲気出していちゃこらしてるけど、恋人ですらないんだぜ。

オレが必死こいて輸入したコメを美味しそうに食べてくれるのは嬉しいがな。

なんでシーナ嬢はあの色気たっぷりの視線に頬すら染めない⁉︎

どうやっても弟なのか⁉︎

魔王様不憫過ぎる。

シーナ嬢は、魔王様を純粋に敬愛しているが、その魔王様が目の前で一緒にご飯食べてる男だと気づかない。

コメが厨房に運び込まれた時、シーナ嬢が天を仰いで「魔王様は神だった……」とか言ってたから、多分、魔王様が正体バラして普通に告白したら簡単に肯くと思うんだけど。


ほのぼのとした老夫婦のような光景に若干呆れつつ、平和を象徴する様な日々が続けばいい、なんて。

柄にもなくそう思う。















「だからさ。邪魔しないでくれる?」


魔王城の中はとても平和だ。

シーナ嬢のための、安全で優しい箱庭だから。

目の前で歯噛みする人間を睥睨する。

“終焉の森”の影に、人間が森に入ったら知らせる様に命令していた。

魔族の村がいくつか壊滅されたと報告があったから、そろそろ魔王城へ襲来する頃だと思ったら案の定だった。森に足を踏み入れてすぐに影で縛って動きを封じた。

魔王様は決して襲撃をシーナ嬢には悟らせない。

城で働く奴らも、故郷が滅ぼされてもシーナ嬢だけには悲しみを見せない。

平和な世界から来たというシーナ嬢は、とても優しい。ドライアドも慈悲深いというが、違った次元の優しさだった。

他者のために涙を流せる存在なんて、この世界ではなかなかお目にかかれない。

だから誰もがシーナ嬢には笑っていて欲しいと思う。

あの子が笑っていてくれるなら、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないと思えるから。


「時間がかかり過ぎだ。無理だと思うなら俺をさっさと呼べ」

「いやいやいや魔王様がホイホイ出て来てどうするんです⁉︎」

影で縛って動けなくしたものの、何か見えない力で攻撃を弾かれて時間がかかったのは認める。

が、魔族の頂点が気軽に出てくるところじゃない。

「お前が怪我したらシーナが心配する」

魔王様が怪我した方が泣くと思うんですけどね。

「ま、魔王……⁉︎」

捕らえた人間達の目が驚愕に見開かれていく。

絶世の美貌を持つ男が現れて、しかも魔王だというのだから驚くのはわかる。

わかるけど、さっきから見えない力で攻撃を弾いていたと思われる女が、頬を紅潮させて目を輝かせるのはどういうことだ。

「魔王、アレクセイ……!本当にいた!」

うっわー。

一瞬で空気は重くなるし、寒気がするんですけど。

発生源はオレの横にいらっしゃる美貌の魔王様。

村を襲った人間風情が、軽々しく魔王様の名を呼ぶなんて許されることではない。

魔王様を気軽にアー君なんて呼べるのは唯一であるシーナ嬢くらいなものだ。

「大丈夫、私は味方よ!貴方の孤独を癒しに来たの‼︎」

「…………………………………………………………孤独?」

女の謎の戯言に、魔王様がひっくい声を出した。

孤独。

孤独?

確かに生まれて数十年はそうだったかもしれないが、二百年前からシーナ嬢にめっちゃくちゃ可愛がられてきたのに?

「レフ。俺は、孤独だったのか……?」

「それシーナ嬢に言ったら泣かれますよ」

「それは駄目だ」

あんだけ構われて、自分もデロデロに甘やかしといて、それで孤独だとか、どんだけ寂しがりやなんですか。

シーナ嬢が知ったらもっと自分が構ってあげればよかったとか自己嫌悪に陥る姿が目に浮かぶ。とてつもなく善良すぎるから。

魔王様は若干青ざめて首を横に振った。

「シーナに嫌われたら死ぬ」

戦闘力皆無なのに、実は魔族最強の魔王様を殺せるシーナ嬢やばいな。

「な、何言ってるの……?百五十年前の勇者に傷付けられて、力が暴走して、魔族にも恐れられて……」

魔王様がピクリと反応した。

ああ、あの人間の女。よりによって魔王様の逆鱗を思いっきり逆撫でしやがった。

()()()()()の出来事は禁句だ。

シーナ嬢を死の淵に追いやり、枯れて消えてしまうんじゃないかってくらい悲しませた。

その悲しみを払拭するためだけに、命を懸けて結界を張り、配下に死ぬことを禁じた。

それだけ、魔王様にとって許せないことだった。

「面倒だ、人間なぞいっそ全て滅ぼすか……」

「駄目ですよ。コメとミソの作り方まだ確立してないんですから」

ぶっちゃけ、東の島国だけ残して滅ぼしてもいいと思うけど。

いい加減百年置きくらいにやってくる人間が面倒くさいし。

「そうだな……まだ止めておくか」

魔王様が手を前に翳す。

威圧だけでガタガタ震える人間に、同情も哀れみも感じない。

人間と異なるものを排斥してきたのは、あちら側。

こちらから争いを仕掛けたことなど一度もないのに、何故滅ぼされなければいけないのか。

「獣達の餌程度にはなるか」

開いていた掌をゆっくり握り締めた瞬間、人間共の首が地面に転がった。

「なんで?え?」

「う、うあああああぁ‼︎」

首が落ちても意識があることに恐怖する人間を一瞥して、魔王様は踵を返した。

影で縛っていた胴体を解放すれば力なく倒れる。

血は出てないが、生き物の臭いを嗅ぎつけて何かしらの魔獣が寄ってくるだろう。

動けず、意識を保ったまま喰い殺されるのは、さぞかし恐ろしいに違いない。

だけど。

「魔王様の逆鱗に触れて生き残れると思う方がおかしいよな」

あの御方が本気を出せば、世界など一瞬で滅びてしまうのだ。

それを唯一繋ぎ止めているのがシーナ嬢なのだ。


オレもさっさと城に戻るべく、魔王様の後を追った。









「そういや今日の魔王様の夕餉のデザート任されたってシーナ嬢めっちゃ張り切ってましたよ」

「ああ。コメと一緒に来たアズキという赤豆の菓子だと言っていた。昼に試食させてくれた」

「………………そろそろ自分が魔王様だと白状しませんか」

「…………いや、まだ、もう少し……せめて俺を意識して貰ってから……」


魔王様の結婚はまだまだ当分先になりそうだ。



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