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平和です 2

「魔王城に勤めて二百年……念願の和食!米‼︎」


今、俺の目の前で二本の細い棒切れ(ハシというらしい)を器用に操り、東の国の穀物を美味しそうに食べるシーナは、この城の厨房で下働きをしている。

異なる世界から来たというシーナは、城の総料理長に拾われて来た元人間で、城内の者から「ゴブリンより弱い最弱の生き物」という可哀想な称号を与えられた。本人曰く、平和国家から来たジョシコーセーに戦闘力を求める方がおかしいらしい。

魔法のない世界だったらしく、周りに教わって魔法の習練をしたらしいがこの二百年で使えるようになったのは辛うじて蝋燭に灯せる火を起こすか、手を洗う程度の水流を出す程度。

武器に至っては包丁振り回すのが限界。

“終焉の森”に入ったら間違いなく死ぬ。

最初だってグーマ程度の魔獣に食われかけていたらしい。“終焉の森”でそこそこ弱い魔獣に部類されるグーマにさえだ。

この最弱の生き物は城で保護しなければ、生きていけないのではないだろうか。


シーナと俺が出会ったのは、彼女がこの城に保護されて暫くしてだった。

その頃の俺は生まれて四十年程で、まだまだ幼い身体。

周りからの期待や重圧に耐えれる精神もなかった。

視線から逃げるように城の中庭に出た。城で働くドライアド達によってほぼ森と化している中庭は誰も近寄らない。

そう、思っていたら。

「ん?この城の誰かのお子さん?」

ガゼボとは名ばかりの廃墟のような石のテーブルでシーナが大口を開けて食事をしていた。

「親御さんは?お昼の時間じゃないの?」

屈託なく話しかけてくる彼女に、なんの期待も篭らない目に、ただの子供扱いしてくるところに興味が湧いた、なんて言い訳で。

今思えば、俺は寂しかったのだろう。

誰もが一線を引いて接してくる中で、彼女は俺を手招きすると向かい側に座らせた。

「丁度良かった。ガンツさんにりんご貰ったんだけどさ、一人で丸ごと一個は多いから食べるの手伝って」

そう言って目の前で器用にナイフを滑らせて林檎を不思議な形に切っていく。半分皮が残った状態で差し出されて困惑した。

「ウサギりんご。ん?あれ?この世界にウサギっていない?」

彼女の説明では恐らく一角兎(ホーンラビット)の類のようだったが、あいつら凶暴だぞ。

そこで漸く、彼女が異世界からやって来て、総料理長が保護した者だと知った。元は人間だという彼女は、今まで見てきた人間の卑しさを感じさせなかった。

「アー君、暇だったらまた一緒にご飯食べてね」

笑顔で手を振ってくれた。たったそれだけで絆された自分をチョロいと思わないでもなかったが。


ちょっとずつ仲良くなって、弟扱いが悔しくて、早く大人になりたいと思い始めた頃だった。

シーナが人間に殺されかけたのは。

城の者に聞いてはいた。

百年に一度くらいの割合で勇者と呼ばれる人間が城を襲撃してくると。

真っ直ぐ魔王に挑むだろうと思っていた。なのに人間は、わざわざ厨房に隠れていたシーナに刃を向けた。戦う術のない、心優しいシーナに。

駆けつけたときにはシーナの腹を剣が刺し貫いていて、目の前が真っ赤になった。

気づけば人間は跡形も残らず消えていて、厨房の床や天井が焼け焦げていた。そこにいるのは剣が刺さったまま意識のないシーナだけ。

すぐに回復魔法を掛けながら、ゆっくり剣を抜いていく。

大丈夫だ、まだ息をしている。

一命を取り留めたシーナは、そこから暫く熱にうなされることになる。

人間に殺されかけ、亡った友に涙して衰弱していくシーナの姿に、人間に対する怒りが込み上げてくる。

なんで一瞬で消し飛ばしてしまったのか。死よりも恐ろしい恐怖を味合わせてから殺せば良かったと、本気で思った。

ともかく、もう二度シーナをこんな目に遭わせまいと誓った。




あれから百五十年。

出会った頃から変わらない姿のシーナに釣り合うほどには成長した。


「アー君、箸使いにくいならスプーンで食べていいんだよ?」

「いい。シーナが使えるなら俺も使えるようになる」

「大きくなっても負けず嫌いだねぇ」

くすくす笑う彼女は、未だに俺を弟のように思っているのだろう。

俺をアー君なんて呼ぶのはこの世でただ一人だと、いつ気づくのか。





この魔王アレクセイの妻になるのは、シーナだけだと。





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