平和です 13
「魔王様、何ですかそれ」
「熊」
それは見れば分かります。
なんで熊が魔王様の執務室で丸椅子にちょこんと座ってるんですかね。
熊って椅子に座る生き物だったっけ。
「中庭で迷ってたのをシーナが拾ってきた」
どう見ても拾うっていうサイズじゃない。
むしろシーナ嬢を片手で拾えるくらいデカい。
「あの中庭に居たんですか?」
魔王様が結界を張ってから、鳥が飛んでくることもなくなった生き物のいない森。
シーナ嬢の憩いの場……というよりも魔王様がシーナ嬢に会うための場所としてしか使われてない。
ドライアドの罠という名の森に好んで立ち入るのはこの二人ぐらいだ。
城内からしか行くことのできない中庭に、どうやってこの熊が入ってきたのか。
「今調べさせている。問題なければ厨房の裏口付近に小型の厩舎を建てさせる」
「え、飼うんですか? というか、普通の厩舎で飼えば良いのでは……」
どっから来たのか出自不明の熊を飼う?
騎獣にもならなさそうな熊を?
しかも厨房の近くで?
そんな疑問が顔に出てたのか、魔王様がため息をついた。
「シーナが愛玩動物を見るような目でこの熊を見ていたんだ……」
なんで⁉︎
何が起きたらこんなデカい生き物を、あのゴブリンよりも弱いシーナ嬢が愛玩動物を見るような目になるの⁉︎
もしやシーナ嬢の世界では熊は愛玩動物なのか……⁉︎
「厨房の近くでなら問題が起きても総料理長がなんとかするだろう」
ガンツ翁なら包丁ひとつで全てを解決しますね。間違いなく。
その日の夕飯が熊鍋になるだけで。
言葉を理解しているのか、熊がガクガクブルブル震えているように見える。
大丈夫だ、熊。
この魔王城の中でシーナ嬢に手を出さない限りは殺されないからな。
ただし、彼女にかすり傷ひとつでも付けたら即熊鍋にされるけど。
いつもの御用聞きという名目の、シーナ嬢の様子見に厨房に顔を出すと、普段より落ち着きを無くしたシーナ嬢がいた。
「あ!レフさん!あの、アー君が熊さん連れて行ったんですけど……良い子にしてますか?」
「ああ、うん。………………すごく大人しくしてるよ」
頭が良いらしく、暴れることもなく言うことも聞く。若干、熊鍋に怯えてる気もするが問題ない。
「シーナ嬢の故郷って熊飼うの普通なの?」
「一般的ではないですね。こっちと違って魔法もないですから、熊に襲われたら生死に関わりますし」
「その割にはシーナ嬢は怖がらないね」
この魔王城で普通の熊より弱いのは間違いなくシーナ嬢だけだ。厩舎に居る騎乗用の獣でも熊程度なら勝つだろうし。
いくら大人しくてもシーナ嬢には脅威になる存在なのに、何でこんなに親しげなんだ。熊にさん付け。
「こっちの熊さんって大人しいですよね。それにあの子見てると祖父母の家に居た犬を思い出すんですよ……」
待って。
あの熊が異常に利口で大人しいだけで、こっちの世界の熊が全部大人しいわけじゃない。
普通の熊は襲ってくるからな。
野宿中はしょっちゅう襲われるし、返り討ちにして熊鍋にしてるんだけど。
あと熊見て思い出す犬って何。
え、シーナ嬢の世界の犬って熊並みにでかいの?ヘルハウンドとかじゃないのか!?
故郷を思い出して懐かしそうに遠い目してるから訊き難い。
「ハスキー混じりの雑種で、こう、狼っぽい見た目なのに大人しくて良い子で……雌なのにサブローなんて名前つけられてたんですよ」
成る程。ハスキーというのは恐らくヘルハウンドの亜種か。
熊並にでかい狼だもんな、ヘルハウンド。
しかしヘルハウンドを飼い慣らせるとかシーナ嬢の祖父母って凄腕のテイマー?
「…………ところであの熊さん、飼い主が見つからなかったらお城で面倒見たらダメですか……?ご飯は私のを分けるので……」
魔王様、流石です。
シーナ嬢は熊を飼う気だった。
「その件だけどね。もし問題ないようなら厨房の裏手に小さい小屋建てて、そこで面倒見てもらえないかって魔王様からのお達し」
「え、魔王様から許可出たんですか⁉︎」
驚きでシーナ嬢の丸い目が、さらにまん丸になった。
うん、シーナ嬢。熊預かってるの魔王様御本人だからね。
そろそろ気づいてあげて。
あと、多分熊の飼い主見つかっても魔王様は献上させる気満々だった。
あの魔王様は、シーナ嬢のためならドラゴンだろうと魔王城で飼うだろうな。当然、従順になるまで躾けて、絶対にシーナ嬢に害が及ばないようにしてから。
まあ、あの熊なら大人しいし、厨房の近くでなら問題はないだろう。
オレとしては、食事で熊鍋が出ないことを祈るだけだ。