平和です 10
魔王様の機嫌が史上最悪に悪い。というか毎日毎日、悪化していく。
理由は明確。
魔王様の妻になりたい奴らが次々に登城してくるからだ。元々、魔王様をそういう目で見てくる奴は多かったが、最近本格的になってきた。襲撃してきた人間を二度退けた功績が広まったせいだ。
魔族の中でも上位種に位置する客ばっかだから無碍に追い返すこともできない。
まあ、今更来たところでシーナ嬢大好きな魔王様が他の女に目をくれるはずもないのだが。
魔王様はシーナ嬢との昼餉だけは絶対に外さないため謁見が午後からになり、晩餐になる。その為、昼に浮上した機嫌が午後から地の底まで急降下するのだ。
魔王城の平和のために、そろそろ登城をやめて頂きたいのが城内全員の気持ちだ。
魔王様の妻なんて、やってても楽しいことなんぞひとつもないというのに、何故そんなになりたがるのかねぇ。
城内に来客という名の余所者がいる限り、オレか部下が必ずシーナ嬢の傍に付くことになっている。
本人に自覚がないとはいえ、彼女は魔王様の唯一で、たったひとつの弱点だ。
魔族といえど、一枚岩ではない。
魔王城に勤める者は魔王様の在り方を理解し、魔王様を敬っている。大体の魔族はそうだ。しかし魔王領に住みながらも魔王様の存在に異議を唱えるものも少なからずいる。
そういう輩がシーナ嬢に何かしでかそうものなら……考えただけで恐ろしい。
シーナ嬢に何かしらをやらかした場合、魔王様の激怒は確実。
次に魔族でも最年長と言われる屈強なるドライアド、ガンツ翁の怒りも間違いなく。シーナ嬢を特別可愛がってるのは誰の目で見ても明らかだ。
続いて厨房の料理番。ガンツ翁程じゃなくとも、かなりシーナ嬢が可愛いらしい。よく異世界のレシピについて色々話してるのを見かける。後輩二人もシーナ嬢に懐いてるしな。
あとはシーナ嬢の友人たち。メイドやら庭師、オレの部下にもいる。
先日、シーナ嬢の近くに武器を飛ばした衛兵がシーナ嬢の友人であるドライアドに締め上げられていた。シーナ嬢に怪我はなく、近くの木が少し折れてた。
戦闘力皆無のシーナ嬢に当たってたらと思うとゾッとしたので、シーナ嬢の友人による衛兵半殺しは目を瞑った。庭園で練習してたあいつらが悪い。
シーナ嬢に何かあれば真っ先に動くのは彼女たち友人だろう。やたらと血の気が多くて機動力と戦闘力が高い奴ばっかだもんな……
なんだかんだ言って、シーナ嬢に関わりがある奴は大体怒るだろうな。
つまり、シーナ嬢に何かしたら魔王城全体から怒りを買うことになる。
そんな馬鹿を出さないために、オレは今日もシーナ嬢を陰ながら見守る。
いや。
ほら。
馬鹿がシーナ嬢に何かする前にオレがそいつを消せば良くね?
「レフさん……だ、大丈夫……じゃなさそう?」
「…………シーナ嬢、魔王様のお菓子になんか入れた?」
「え!?おはぎですよね?餅米と小豆ときな粉と砂糖、塩だけですよ!?」
毒か何かだと思ったのか、シーナ嬢が青ざめて首を振る。
「私もガンツさんもアー君も食べてます……後輩二人も元気です……ま、魔王様の口に合わなかったんでしょうか……」
気の毒なほどしょげるシーナ嬢に、こっちが慌てた。ガンツ翁、無言で威圧するのやめて。
「違う違う、魔王様がすっげー生き生きと来客を撃退し始めたからさ……」
突然「面倒はさっさと終わらせる」と言い出して、謁見に来た奴らを言い負かして追い返した。晩餐もなし。
あんなにヤル気いっぱいの魔王様、初めて見た。
「材料はぜんざいとほぼ同じですし…………違うのはきな粉……?」
真剣に考え、首を傾げるシーナ嬢。
ガンツ翁と後輩二人が生温かい目でシーナ嬢を見てる。
「キナコってあのクリーム色の粉?」
「はい、大豆を炒ってから粉にしたものです。あ、粉にするのに魔法を使って貰ったから、その魔法がやる気増幅に…………なるの?」
途中から自問自答になった。
粉砕に使う風魔法がやる気増幅になる訳がない。そんなことができるならパンや麺でもやる気になってる。
「使って貰ったって、シーナ嬢はしてないの?」
「…………できなかったんです……」
成る程、生温かい視線の理由はそれか。
初級魔法だけど使えなかったんだな、シーナ嬢には。で、後輩二人に頼んだと。
そういや風呂上がりに使う水気蒸発の魔法も使えないんだったか。魔王様がタオルに蒸発の魔法掛けてあげてたな。
「そういえばアー君もやる気になってたからやっぱり原因はきな粉では?」
「ん?」
アー君……魔王様が昼から既にヤル気だったと?
「キナコ食べただけ?なんか話した?」
「最近、アー君が疲れてたから元気になったらいいなーって思っておはぎ作ったんです。おはぎ食べて笑顔が戻ったのが嬉しくて、そういう話はしましたけど。アー君って素直で可愛いですよね」
ヤル気の原因はやっぱりシーナ嬢か!
あの魔王様を素直で可愛いとか言っちゃうの、世界でシーナ嬢だけだと思う。
にこにこして魔王様を可愛いと言うシーナ嬢に同意できない。
魔王様のヤル気は、殺る気だからな。
あの美丈夫に、魔族最強の殺気を向けられながら言い返せる豪胆な生き物が魔族にいると思うか?
直接向けられてない側近連中でさえ怯えてたんだぞ。
よくまあ今まで我慢して大人しくしてたもんだ。大方、シーナ嬢に仕事はしっかりする様に言われてたんだろうけど。
そういう意味では確かに素直だな、魔王様。
「時々でいいからこれからも魔王様に菓子作ってくれるか?魔王様、アズキ気に入ったみたいだし」
「え?はい、いいですよ。覚えてる限りの小豆のお菓子作りますね」
ありがとうシーナ嬢。
これでしばらくは魔王城の平和が約束された。