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落語 漢字ん帳

作者: 紫李鳥

   



 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席、お付き合いを願いますが。


 ここで小話を一つ。


 おーい、あそこに(へい)ができて、行き止まりになっちまったんだって?


 そうなのよ。ブロックなのよ!


 ……ん! ん!






 えー、本日の演目は、『漢字ん帳』でして。ま、単に勧進帳(かんじんちょう)と語呂を合わせただけなんですがね。


 漢字の得手不得手(えてふえて)ってぇのは、各々(おのおの)にございましょうが、極めるってぇと、これがなかなか、奥深い代物でございまして。


 えー、世の中にゃ、《漢字検定試験》なんてぇものがありまして。検定料さえ払えば、どなたさんでも受けることができる。


 8級~1級までありまして、準2級・準1級と、児童レベル(初10級・初9級)も含めると、約12段階ぐれぇに別れてるんですがね。


 漢字に自信のある奴ぁ、準2級あたりから挑戦するんだが、ま、自信のねぇ奴ぁ、3~4級あたりから始めんのが無難は無難だ。


 漢字の醍醐味(だいごみ)ってぇのは、準1級~1級まで来ると、その味わいも深くなるわけでして。


 例えば、次の読み方だ、


 烏い 鶴い


 なんだ? カラスい、ツルい?


 そう、読んじまうよなぁ?


 正解は、


 クロい シロい


 だ。烏は色が黒いからクロで、鶴は色が白いからシロってぇわけだ。


 なー? 面白れぇだろ?


 漢字ってぇのは、味わい深ぇやなぁ……。







 えー、長屋住まいのカン太は、左官の父ちゃんと、専業主婦の母ちゃんと、母ちゃんにおんぶされた次男坊との4人暮らしだ。


 仕事から帰った父ちゃんは、楽しみにしてる晩酌をチビチビやりながら、カン太とのコミュニケーションに余念がねえ。


「父ちゃん、イワシはなんで、魚に弱いって書くんだい?」


 アジの開きなんざ突っつきながら、カン太が聞くわけだ。


「そりゃ、おめぇ、一匹じゃ生きていけねぇ、弱ーい魚だからよ。だから、イワシの群れって言うだろ? 集団でしか生きていけねぇからよ」


「ふ~ん。じゃ、サバはなんで、魚に青って書くんだい?」


「簡単じゃねぇか。見てのとおり、青々としてっからよ。だから、青魚って言うだろ?」


「ふ~ん。じゃあ、アジはなんで、魚に参て書くんだい?」


「ん? そりゃあ、おめぇ、なんだ。……参加することに意義があるからよぉ」


「?……ふ~ん」


「ちょっとあんたっ、能書きはいいから、今日の給料は?」


「ぁぁぁ、はいっ!」




 カン太にとってはヒーローの父ちゃんも、母ちゃんには頭が上がらねぇみてぇだな。




 そんなある日のこと。


 “魚に春”を買ってくるように、母ちゃんに頼まれたカン太。引き受けたのはいいが、(あわ)てん坊のカン太は、魚の名前も聞かねぇで飛び出して行っちまった。


 棒手振(ぼてふ)り(荷を担いで売り歩く行商人)を見つけるってぇと、


「春の魚をくださいなっ!」


 元気いっぱいなのはいいが、言い間違えちまった。


「あいよっ! 春の魚と言や、こいつだ。足が速えーから、すぐに食べなよっ!」


 ……足が速い? 魚にも足があるのかぁ。じゃ、おいらとどっちが速いか、競走だぁ。


 足が速えーという魚に負けたくねぇカン太は、魚の入った(おけ)を抱えるってぇと、全速力で走った。




「はぁ、はぁ、はぁ……。母ちゃん、買ってきたよ」


「ご苦労さん。早かったね」


 次男坊をおんぶした母ちゃんは、出刃包丁(でばぼうちょう)なんざ()いで、魚を(さば)く準備でぃ。


 ところが、桶を(のぞ)いた母ちゃんは、びっくらこいた。


「ばーか。こりゃ、(たい)じゃないか。高っけぇ魚買ってきちまって。明日からは、毎日アジの干物だ」


「春の魚って言ったら、これくれたんだ……」


「母ちゃんが言ったのは、“魚に春”だよ」


 魚に春?……そうだったのか。


 聞き間違えて、春の魚を買ってきたカン太はしょんぼりでぃ。


「魚に春で、なんて読む?」


「さ……サワラぬ神にたたりなし」


「ぬ神にたたりなし、は余計だよ。ま、父ちゃんの給料も少し上がったから、鯛でお祝いするかね」


 カン太は一変して、ニッコリでぃ。


「おっ、こりゃあ、カン太と一緒で()きがいいね」


 カン太を見て、母ちゃんもニッコリこりこりだ。


 ……(いき)がいい? ははーん、歯みがきしてるせいだな。毎日みがいててよかった~。


 “活き”と“息”を勘違いしたカン太は、母ちゃんに褒められて、ご満悦でぃ。







 その晩のこってぇ。


「……むにゃむにゃ。昔ブリっこ母ちゃん、いま、サバサバ母ちゃん。

 ……むにゃむにゃ。昔イカした父ちゃん、いま、アジある父ちゃん。むにゃむにゃ……」


 カン太は寝言で、魚介類を使った語呂合わせの勉強中でぃ。




「あ~た、漢字もいいけど、感じ合うのも肝心ちょー」


「ぁぁぁ、……はい」


 積極的に迫ってきた母ちゃんに、父ちゃんはタジタジでぃ。






「……父ちゃん、母ちゃん、魚に喜ぶしてる……むにゃむにゃ」







 ん? 魚に喜ぶ?……ああ、(キス)ね。


 ん! ん! お後がよろしいようで。









■■■■幕■■■■

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