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企画参加作品

空を飛ぶのに必要なものは?

作者: 梨野可鈴

しきみ彰様が企画された『ドラゴン愛企画2』参加作品です。

ドラゴン大好き。


 空を飛ぶのに、一番必要なものは何か、わかるか――

 翼持つ竜は、そう私に問いかけた。


 †††


 風が、エアラの短い髪を揺らす。


 連合軍の砦、高い塔の屋上に立ち、エアラは空を見上げていた。肩から襷掛けされた革紐を無意識のうちにせわしなく握る。革紐は、ドワーフの職人によって特別な製法で作られた、細く軽いが絶対に切れることのない一級品であり、同じく匠によって彫られた竜のレリーフが縫い付けられていた。竜の鱗のひとつひとつまで精緻に刻まれたそれは、決して偽造できるものではなく、それは彼女が竜騎士であることの証であった。

 その証が、ひどく重い。


 エアラはこの日、自らの相方となる竜に会うことになっていた。その竜は百年を超えて生きているという。百年前など、エアラの祖母さえ生まれていない。エアラは二十歳になったばかりで、人間では立派な成人であるが、竜にとってみれば恐らく取るに足らない小娘であろう。

 自分などが竜に認められるのか――竜騎士という大役などが、自分に務まるのか――エアラはそれを考えるたび足元が崩れて落ちていく感覚を覚える。

 具体的な夢は覚えていないけれど、どこかから落ちた感覚だけが残っている、真夜中のひどく不快な目覚め方のように。


 すると――遥か遠くに大きな魔力の気配を感じた。風属性の、清浄な気の流れ。

 雲を割き、みるみるうちにその巨体が迫ってくる。空色の鱗が、光を纏って近づく。


「――!」


 何という速さと、逞しさ。遥か下から眺めていた時とは比べ物にならない。竜は翼を力強く風に打ち付けて、勢いを殺しながら砦の上を旋回し、エアラの前に降り立った。


「あっ……ああ、わ、私の名は……エアラ、……」


 声が震えたのは、恐怖からではない。

 如何に大きくても、目の前の竜からは悪意を感じないし、エアラ自身もこれより大きく醜悪な形相の魔物と戦ったことがある。ただ、その美しく堂々たる姿に圧倒されてしまったのだ。


「私と……竜騎士の……契約を……」


 言いながら、エアラは恐れた。

 自分などのような未熟な戦士など、自らの背に乗せるに相応しくないと、竜に拒まれるのではないかと。

 そしてその一方で、それをわずかに期待もしていた。


 竜は、エメラルドのような瞳でエアラを見つめた。


 †††


 時は、ふた月前に遡る。


 砦正門に迫っていた魔物の群れを押し返し、ひとときの勝利を祝うための飲み会で、隅の方で料理を食べていたエアラを、部隊長が手招きした。何かと思って近づくと、部隊長はエアラに笑顔を向けて言った。


「竜騎士になることが決まったぞ」

「それは……おめでとうございます」


 竜騎士。それはもっとも名誉ある称号のひとつである。竜に乗ることを許されるほどの優秀な戦士は数少ない。その力強さで、脅威となる魔物を倒し、空を駆ける機動力で、不利であった戦況さえも引っくり返す。まさしく戦場の華であり、颯爽と空を飛ぶ雄姿は、戦士ならば皆が憧れるところだ。


「これから大変だと思うが頑張れよ……ん?」


 尊敬する部隊長が竜騎士に選ばれた。なんて名誉なことだろう。笑顔で祝いの酒を注ごうとしたエアラの様子に、部隊長は首を傾げた。


「おい、話を聞いてたか」

「はい、おめでとうございます、隊長。隊長がこの先いらっしゃらないのは寂しいですが……これからのご活躍を、応援しております!」


 笑顔で言い切ったエアラに、部隊長は一瞬ぽかんとした後、苦笑した。


「おいおい。お前のことだよ、エアラ。お前が竜騎士に選ばれたんだ」

「……はっ? え? …………。えっと……。ええ―――っ!?」


 数刻ほどたっぷり時間をかけて、上司の言葉の意味を理解し。エアラの絶叫が酒場に響き渡った。


 †††


 翌日。

 未だに信じられない思いでエアラは訓練場に向かっていた。


 エアラの所属する部隊――第三部隊は、魔王領と国境を隔てる山の麓に作られた砦に駐屯している。

 魔王領は、絶えず混沌より魔物が這い出る闇の土地だ。魔王領と接している国はそれぞれ砦を造り、魔物から自国を防衛している。エアラの祖国トラキアは、国の西側を魔王領と接していた。トラキア国の東側は小国が多い。トラキアが滅ぶようなことがあれば、それらの小国もまた成す術はない。トラキアが中心となって周辺国とともに結成した連合国軍は、この砦にて日々魔物の侵攻を食い止めていた。


 連合国軍の戦士となる条件はたった一つ、戦えることである。そこには種族も、性別も、年齢も、生まれも関係ない。だからこそエアラのような、生まれの貧しい娘も、魔法戦闘の才を見出され、前線で戦うことができているのだ。


 愛用の(ランス)を構え、型を繰り出す。エアラの華奢な体躯に対して、槍は長くその分扱うのに力が要るが、エアラはそれを息ひとつ乱すことなく扱う。単なる筋力に任せて槍を振り回すのではなく、魔力を使って身体能力を底上げしているから可能な動きだった。

 さらに、それは準備運動とばかりにエアラは体内で魔力を練る。槍が青く光り、風を纏い始めた。


「はあっ!」


 気合の入った掛け声と共に繰り出された一撃は、轟音と共に、訓練所の地面を深く抉った。

 そこまで終えてエアラが槍を下げると、パチパチ、と拍手が聞こえた。振り向くと、同じく第三部隊で戦う同僚――魔術師のゾフィーがそこにいた。長く美しい金髪に、端麗な顔、そして特徴的なとがった耳は、彼がエルフであることを示している。

 この美しい妖精の一族が住んでいた森は、既に魔王領に飲み込まれてしまった。多くのエルフは戦いを苦手とし、各地の森へ散っていったが、ゾフィーは故郷を取り戻そうと前線で戦う、変わり者のエルフだった。


「相変わらず、熱心だな、エアラ」

「お疲れ様です。ゾフィーさんも訓練ですか?」

「いいや。エアラが竜騎士に選ばれたと聞いて、ね。お祝いを言いに来たのさ」


 エアラは目を丸くした。正式な通達があるまで、このことは同じ部隊の仲間にも知らされていないことのはずだったからだ。ゾフィーはくすりと笑うと、宙に手を浮かせるような動きをする。


風精(シルフ)達が教えてくれたのさ。何より人の口に戸は立てられるものじゃない。とっくに噂になっているよ」


 風の精霊を従えるゾフィーは誰よりも情報通で、砦の外、時には国外のことさえ知っている。エアラに精霊は見えないが、ゾフィーの手の先に魔力が集まっているのは分かる。

 恐らく今も、噂好きの精霊たちと戯れているのだろう。


「……何でも、以前、乗り手であった騎士はアクアスの優秀な魔術師だったのだそうだが。国で災害が起き、彼はそちらに対応せねばならなくなったらしい。彼自身も魔物との戦いを続けるには年齢を感じていたことから、竜は譲り、新しい乗り手を探したということだ」

「そうだったんですか……」

「うん? 浮かない顔をしているな?」


 ゾフィーに指摘され、エアラは俯いた。


「だって本当は……私が竜騎士になる筈じゃなかったってことですよね」

「俺は余計なことを言ったかな。だが、仮定の話をしても仕方ないだろう。それに、人間の寿命は短いのだから、遅かれ早かれそのアクアスの竜騎士は引退したはずだ」

「でも……」

「俺はここで多くの人間を見てきたが、エアラは優秀だ。若いにしては――無論、俺と比べて言っているんじゃない、人間としてだぞ――魔法を使いこなし、よく戦っている。竜騎士に選ばれたのは妥当なところだ」


 ゾフィーは長く生きている。その言葉に嘘はないし、エアラの心にある、自分などが竜騎士に選ばれて良かったのだろうかという迷いに対して、的確な言葉を返したのだろう。

 しかしそれでも、エアラの心は晴れなかった。


 †††


 ひと月して、通信用の鷹が砦に手紙を運んできた。トラキアの国王の名前が入った手紙である。

 そこには、エアラを竜騎士とする旨がしっかりと書かれていた。手紙を見せられ、エアラは呟いた。


「本当のことだったんですね……」

「何をいまさら。竜騎士の訓練は済んでいるんだろう?」


 竜騎士に選ばれたと聞いてひと月の間、エアラの訓練に新しい訓練が追加されていた。それは竜騎士特有の訓練である。竜はすさまじい速度で宙を飛び、ブレスを吐き、戦場を駆ける。その背に乗るのにはただしがみついているだけでは駄目だ。

 魔力の層で自らの体を守り、そして空中で激しい動きをすることに対して耐えなくてはいけない。また、ただ乗っているだけでは竜騎士がいる意味がない。

 空から戦場を把握して、竜に的確な指示を出し、また自らも竜と一体となって戦闘行為を行うのだ。


 もともと、魔法戦闘を行っていたエアラにとっては少しの応用訓練で済んでいた。ゾフィーに手伝ってもらい、空中でくるくると回してもらう訓練については、最初こそ目を回して倒れていたが、しばらくすれば魔力で感覚を強化することを覚え、どんなに激しく回されても目を回さなくなった。


「そうなんですが……ただ、現実感が、なくて……」

「まあな、何たって竜騎士だからな。……もしかして、嫌なのか?」

「えっ」


 エアラは部隊長の言葉に、目を逸らした。


「いや……竜騎士になることを拒む戦士はいないからな。お前の意思を確認せずに進めてしまったところはあるが……もしかしたらお前、高いところが駄目とか……」

「あ、いえ、そういうわけではないです。子供の時は木登りとかしてましたし」

「お転婆だったんだな。まあ今を見れば分かるか。大変だと思うが、お前ならやれるさ。……頑張れよ」


 エアラは、頷いた。

 そうだ。もう後戻りはできない。エアラは頑張るしかないのだ。これまでのように。そのために、少しでも不安を除くために、今は竜騎士に向けた訓練をするしかない。

 エアラが部屋を出て、訓練場に向かおうとした時――けたたましい鐘が鳴り響いた。


「魔物の襲来か!」

「わかりました! すぐに出ます!」


 部隊長の言葉に、エアラは失礼します、と断ってから、窓枠に足をかけ、一気に飛び降りた。

 そのまま身体強化の魔法をかけながら、空中で宙返りし、地面に降りる。そして誰よりも早く走り、砦の外に飛び出した。見れば、魔物の群れがこちらに迫ってきている。種類は、ゴブリン。数は、百といったところか。


「これくらいなら……!」


 エアラは単身、魔物の群れの中心に突っ込んでいく。右手に槍を、左手に魔力を練る。風の魔法で一気に吹き飛ばし、体制の崩れたゴブリンを一気に貫いた。


 †††


「さすが竜騎士だぜ。強いよなあ」

「今日もすごかったぜ、嬢ちゃん。あーあ、エアラがこれからいなくなるなら、俺たちでどうにかしないとだよなあ」


 砦の防衛戦を終え、仲間たちから声をかけられながら、エアラは曖昧に頷く。確かにエアラはゴブリンの群れくらいは単身で倒せる実力があるが、それを屈強で力の強い男達に言われるのはどうにも居心地が悪い。


「えっと……すみません、私、疲れたのでそろそろ……」

「おお、無理すんなよ、竜騎士様」


 まだ竜騎士じゃない、と思いながら、エアラはその場を後にした。


 竜騎士は特別な存在である。通常、戦士たちはそれぞれの国に属し、それぞれの砦を守る。しかし竜騎士は、国を跨いで全ての砦を守るのだ。


 魔王領から這い出た魔物たちは四方に散って、常に均等に溢れるわけではない。特別に強い魔物が生まれる時もあれば、なぜか集まって一方にだけ押し寄せることもある。

 魔物たちと善き人々の戦いは常に拮抗しており、魔王領の東西南北に存在する四つの国はそれぞれ、どの国が先に滅んでも終わりだということを知っていた。ゆえに、竜という最大戦力は共有しており、互いの国に危機が迫った時は竜騎士が駆け付けることになっていた。

 それは竜でなければ不可能な技であるし、また、竜を乗りこなすことのできる戦士が少ないことも理由のひとつだった。


 エアラの相棒となる竜がアクアスからトラキアに渡ったのは、アクアスに現在、竜の乗り手になりうる人物がいないということだろう。

 そもそも、竜族はこの世でもっとも寿命が長く、強く、そして長命種にありがちなことであるが、数が少ない希少な種族だ。それ故、ひとつの国に属する、という観念さえもないらしい。

 これらの竜騎士に関する知識も、ここひと月で詰め込んだことだ。学のないエアラであるが、座学で一生懸命勉強したのである。


「……知れば知るほど、竜も、竜騎士もすごすぎて、私なんかにできる気がしないよ……」


 弱音が漏れた。


 竜が迎えに来る日は、三日後に迫っていた。

 再び城より飛んできた鷹は、今度はエアラの竜騎士証を運んできた。ミスリルの見事な竜騎士証だ。

 この頃には、部隊の皆にもエアラのことは伝えられた。明日は部隊の皆で盛大に祝ってくれるそうだが、果たしてその席で、エアラは笑っていられるだろうか。


 エアラは感情が顔に出やすい。日に日にエアラの表情が硬くなっていくのを見ていた部隊長や、仲のいい隊員たちは、口々にエアラなら大丈夫、きっと頑張れる、と励ましてくれた。が、そう言われるとエアラも、はい、頑張ります、と答えるしかない。

 最近はその言葉がむしろつかえて胃から溢れそうである。


 ゾフィーだけは、最近は敢えて何も言わないでいてくれたが。


 竜騎士なんてなりたくない。


 もう、エアラはその気持ちを、はっきり自覚していた。


 エアラはただ、目の前のことに必死になっていただけなのだ。

 家が貧しい農家だった。たまたまエアラには魔法の適性があったから、少しでも稼げるようにと、戦士を目指した。

 戦士になって戦場に立った。そしてその厳しさを知った。そして、ただひたすらに自分が生き残るために訓練を重ね、自分と仲間が死なないようにと槍を振るい続けた。本当にただそれだけの、小さな人間に過ぎない。


 だが、竜騎士になれば、目の前のことだけ考えているわけにはいかない。エアラの後ろには、トラキアの、いや、多くの人々の命がある。もちろん今までだって、エアラの戦いで人々は少しでも守られたのかもしれない。だけど、竜騎士といち戦士では、その責任は段違いだ。


 自分の部屋でベッドに倒れ込むと、エアラは体を丸めて眠った。


 †††


 竜が迎えに来る前日。エアラは儀式の練習をしていた。


「我が名はエアラ、」

「我が名はワールウインド」

「我と竜騎士の契約を。その身を共にすることを許し給え」

「我と竜騎士の契約を。その身を共にすることを許そう。契約は成った。――はい、ここで竜に乗る」

「う、うん……もう一回やっていいですか?」

「まだやるのかい……?」


 ゾフィーを竜役に見立てて練習しているのは、竜騎士として竜と契約をする儀式の口上だった。竜は長命であり、エアラよりずっと年上である。失礼があってはならないと練習を繰り返していたが、さすがに二十回以上も突き合わされ、ゾフィーもうんざりした顔だった。


「そんな長い文章でもないからいい加減覚えただろうに……」

「だ、だって! ワールウインド様は百歳だって書いてありましたし!」


 先日届いたのが、なんとアクアスの竜騎士からの手紙だった。そこには、我が相棒であるワールウインドをよろしく頼む、若い竜騎士よ、と書かれており――相棒となる竜に関する情報が書かれていたのだ。

 それによれば、ワールウインドはおよそ百歳の雄、風属性の竜だという。


「え、百歳……? そうなのかい?」

「そ、そうですよ、ゾフィー。そんな御方に失礼をするわけにいかないですから。でも、私、あああううう」


 ゾフィーは思い切り苦笑していたし、二人のやり取りを見ていた部隊長は吹き出していたが、頭がいっぱいいっぱいで挙動不審になっているエアラは気付く様子がなかった。


 †††


 そして当日の迎えた朝――空はどんよりと雲が立ち込め、エアラの気持ちを代弁しているかのようだった。

 エアラは真新しい隊服に着替える。これからのエアラは、トラキアの誇りとなるのだ。見た目にも気を遣わなくてはいけないと言われていた。

 髪を念入りに整え、槍を背負う。そして、ゾフィーと隊長に見送られ、ぎくしゃくと、塔の階段を上る。


 ワールウインド様は、私が弱い人間だと知ったら……こんな……こんな情けない気持ちで竜騎士になろうとしていることを、知ったら、どう思われるだろうか。


 心臓の鼓動が早い。そういえば、はじめて砦から戦場に出た時が、確かこうだった。口から心臓が飛び出そうで、体は強張って。普段の力が出せないまま終わった戦闘では、ゴブリンの一匹も倒せなかったんだ。

 ふと砦を見下ろした。一昨日の戦闘で、エアラが地面につけた爪痕が、大きく伸びている。槍の一振りで数十の敵を薙ぎ倒す、エアラの付与魔法を乗せた必殺技だ。


 あの場所で……戦ってたんだ。私。


 いつもいつも、目の前の敵を倒すことに必死になっていた。魔王領からは次々魔物が溢れ、エアラは常に前を向いて強くならなければならなかったから。

 こうして振り返ってみれば、この砦ではたくさんの戦いを経験した。最初は弱くて、何度も危機に陥ったエアラを助けてくれた砦の皆に、感謝の思いを抱く。エアラは空を見上げた。そうしなければ、涙が零れそうな気がしたから。


 少し冷たい、乾いた風に吹かれながらエアラが待っていると――雲の彼方から、竜が現れた。


 間近で竜を見たことのないエアラは存在感に圧倒され、緊張しながらも声を出した。


「あっ……ああ、わ、私の名は……エアラ、……私と……竜騎士の……契約を……」


 そこまで言ってエアラははっとした。

 しまった。先にワールウインド様のお名前を聞くんじゃなかったっけ!?


 竜は美しい宝石のような目でエアラをじっと見ていた。試されている――エアラの中に様々な思いが駆け巡る。溺れてしまいそうな不安。責任を預かることへの恐怖。だけど、それだけではない。

 もっと、強くなりたい、そんな思いも。


 そして、ようやく、竜は口を開いた。エアラは体に力を入れて身構える。


「――あー、何だっけ。色々言われてたけど忘れちまった。ま、俺、ワールウインド。エアラ、これからよろしくな! じゃ、さっそく乗ってくれ!」

「えっ……?」


 その物言いは、まるで、無邪気な少年のようだった。目の前の竜の言葉とは思えず、予想外のことにエアラは目を丸くする。


「で、では……失礼します、ワールウインド様……」

「様とかいいって。面倒くせえ。あと、長いから、ウィンって呼んでくれよ」


 契約の儀式はすっ飛ばし、エアラは促されるままワールウインドの背に乗る。竜の背には、人が乗るための鞍がある。エアラはそれに跨ると、自分の体を固定する革紐をしっかり結び付けた。


「準備はいいかっ! 行くぜ!」

「は、はい――ひゃあああっ!!」


 竜は翼を羽ばたかせて急上昇する。エアラは慌ててしがみつきながらも、魔法で自分の周りを守る。それでも短い髪は風に巻き上げられる。エアラの目を覆って、慌ててエアラは髪をかき上げる。整えた髪はもうボサボサだ。


「どうする? 早速、魔王領のど真ん中まで行って戦うか!?」

「えっ、えっと――待って、待ってくださ、いきなりそんな……で、でも、もし大きい魔物が出てたら行かなくちゃ駄目ですよね、でも、まずは、各国の王にご挨拶に行った方が……? ああ、だけど先に偵察に行っておけば、ご挨拶の時に情報を伝えることが……」


 ぶつぶつと呟きながら考え出してしまったエアラに、ワールウインドは、空中で止まった。ゆるく翼を上下させて、その場に留まる。


「よく分かんないけど、エアラがやりたいように、やれよ!」

「えっ……」

「エアラが決めたら、俺は飛ぶし、どんな敵とも一緒に戦ってやるぜ! 俺は強いからな、相方の竜騎士のことはしっかり守ってやれる! だからどーんと任せとけ!」


 雲が切れ、陽がが差す。光の筋が山を照らし、色が変わっていく景色を、エアラは見た。

 流れていく。体の中に溜まっていた、暗い水が流れて、体が軽くなる。


「……じゃあ……私、私――」


 相棒の言葉に、竜は口の端を吊り上げて、得意そうに笑った。


「――よしきた!」


 雲を突き抜け、ふたりは飛んだ。


 †††


 砦に、伝令の鷹が飛んできた。定期的に届く、空色の鱗の竜と、若い女竜騎士に関する情報を、部隊長は口に笑みを浮かべながら読む。


「この前フレイムでも戦果を挙げたばかりなのに、すぐさま西へ飛んだか。相変わらず、慌ただしいな」

「……まだ若い竜だから、本当は駆け回りたくて仕方なかったのだろうね。最初の相棒のアクアスの竜騎士は、血気はやる竜を抑えるために、敢えて経験豊富な魔術師があてがわれたみたいだが。エアラは真面目で仕事熱心だから、抑えるところは抑えつつも、気が合うと思うよ」


 竜と同じく長命のエルフはくすくすと笑う。実のところ、若い青年のように見えるゾフィーも、既に五百年の時を生きている。百歳の竜など、精神年齢は、エアラと変わらない。気を遣う必要などないだろう。


 ゾフィーは、風が運ぶ調べに耳を澄ませ、微笑みながら目を閉じた。


 †††


 竜騎士を乗せ、竜が飛んでいる。

 竜は空色の鱗を輝かせ、悠々と雲の上を飛ぶ。竜騎士の女性は長い髪を後ろで三つ編みにして、風に流していた。彼女の背負うオリハルコンの槍には、歴戦の証に、無数の細かい傷がついている。

 竜と騎士は共に、明るい笑みを浮かべ、前を見ていた。


「次はどこに行く? 北に出たらしい、七つの頭の大蛇を倒すか、それとも混沌の沼を抑えるか――?」

「そうだね。大蛇は脅威だけど、動きは遅いみたい。まずは近い魔王領から行こう。その後すぐに向かえば、大蛇がアクアスの砦につく前に倒せるよ」

「両方か。エアラは欲張りだよなあ」


 ま、俺様にとってはなんてことないけどな! とワールウインドは軽い口調で言う。エアラは笑った。


「ウィンがいるからだよ。私一人じゃ飛べないからね」

「俺のこの、翼があるからか?」

「うん」


 ワールウインドは、魔王領の上に進路を変えながら、そういえば、と言った。


「前、ばっちゃんに言われたことがあるぜ。空を飛ぶのに一番必要なものは何か、わかるか――ってな」

「え? ウィンのお婆ちゃん?」


 ということは、竜なのだろう。そう言われても、人間のエアラには皆目見当がつかない。


「翼? それとも、風――?」

「俺もそう答えたんだ。けどな、それも必要だけど、違うんだって。空を飛ぶのに一番必要なのは、”地面”なんだってよ」


 疲れた時に、翼を休めるための。あるいは、飛翔するときに、強く蹴り出すための――という。


「どう思う? エアラ?」

「……わかる気がする、かな」


 エアラがこうして、縦横無尽に駆け巡ることができるのは。

 実力(つばさ)でも、(かぜ)でも、ない。私を一番近くで、支えてくれる、(じめん)がいるから。


 魔王領の混沌の沼に到着する。波のように定期的に魔物を湧き出す沼の周囲には、エアラの読み通り、案の定、魔物がひしめいていた。エアラは槍を構え、自分と相棒に護りの魔法をかける。


「行くよ、ウィン!」

「おう!」


 声を合わせ、敵に突っ込んでいく。

 ふたりなら、ひとりよりも遠くへ飛べる。


春ですね。

新しい世界に踏み出す全ての人が、自由に羽ばたけますように。


小ネタ。

もともと、エアラは戦いの邪魔になるからと髪を短く切っていましたが、空を飛ぶとき乱れまくるので、竜騎士になってからは、編んでまとめられるように伸ばしました。なお、男性の場合は刈り上げることも多く、ワールウインドの元相棒の魔術師はお坊さんスタイル。


企画いただいたしきみ彰様、お読みいただいた皆様、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴン! 竜騎士! ファンタジー! ファンタジーが大好きなので、読んでいてとても楽しかったです。
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