思い出の壊し方
リハビリですはい。
「ようやく――ようやく、ここまで来たんだ……!」
ゴブリンごとき、人様に敵わないと思っていた。
何をしても、できないって貶されるばかりの人生を送ってきた、あるゴブリンの王、リュウスは、ようやく、これにて、今までさんざん自分に行ってきた奴らに言い返すことができるようになった。
人様に敵わないと思ったこの身で生まれ、人様に敵うことを知った。
――世界で初めての、人外王国の完成を、世界に告げた。
それは瞬く間に世界へと広がった。特に人間達に、それは『世界の進歩』だと評されるようになった。
そのおかげも相まって、国にはたくさんの客でにぎわい、中には移住者も現れるようになり、またまた世界初の人怪共和国となった。
人が、忌み嫌ったモンスターと、手を取り合ったと。
そしてリュウスは――称えられた。世界から、我が国から。
その中に、『狂鬼』は、潜んでいた。
姿を隠し、国に移住し。
何もかもをもとの自分と違うようにして。
誰にも悟られず、そこに佇んで、ただ一人。
殺気をフードで隠し――リュウスを見つめていた。
「明日……」
それはまるで、懐かしきものを訝しげに見ているようで。
クロエはその様子を客観的に見て――笑った。
小さく笑った。周りの者がどう思おうが関係ない。
ただただ、凄惨に、笑った。
――彼は、似ていた。
ただ、それだけの理由だ。
クロエの嫌った彼に、彼が似ていた、それだけの話。
それだけの理由で、彼は報われないかもしれない。
――そんなこと、知ったことではない。
どんな理由だろうが、クロエ側には、関係ない。
ただ自分の事情で動く、それがクロエの中の、殺し屋。クロエの憧れた、殺し屋なのだ。
憎き相手を私情で殺してくれた、殺し屋になると決めたのだ。
それを強く、改めて強く感じて、クロエは足を進める。
――目的に向かって。
――生物の死に向かって。
いつも通りに仕事をこなす。
国側に金で釣れた疑似スパイを紛れ込ませる。
国内崩壊が起きようとしたところで、そいつらごと叩きのめす。
今までとは違う手法を、『今までの手法』と思い込ませる。
――目の前のゴブリンを睨むように見据えて、少し息を吐いた。
「何で呼ばれたかは分かっているか?」
ゴブリンは首を横に振る。
「――貴国の王の――己の仕える御方の目を見よ。――あれが『狂気』以外の何に見える?」
ゴブリンは顎に手を当て、熟考する。――それが人間には遠く及ばぬと知らないで。
「貴様も知っておろう。――白の目は『ムシトリナデシコ』ということは」
森と強調してきたであろうゴブリンに、ブラフをかける。
その言葉を聞いた瞬間、ゴブリンがこちらを凝視する。
――かかった。
確信した。
その感覚にしっかりと浸り、クロエは相手に見えないよう、マフラーの中の口を盛大に歪める。
――実に容易い。
人と比べること自体が間違っていた。
やはりゴブリンは――所詮ゴブリンなのだ。平均してみると、人間に遠く及ばない。
「……信じたくはないが、了解した……」
うつむき、落ち込んだようにも見えるその頭を見下し。
笑った。
「じゃあ頼んだぞ」
そう言ってポケットからジャラジャラと音のする袋を取り出す。
「……金は要らない」
「――」
「この話で、あなたから金を巻き上げるなんて、そんなことは出来ない。――国王の真実……暴くために――あなたの力になりましょう」
「そうか……」
――それは好都合だ。
何やらクロエ側にいいように解釈をしてくれたらしい。やはり、ゴブリンだ。
「それでは頼んだ」
そう言い残して、クロエはそこを後にした。
――哀れなゴブリンは、その頭を垂れるままだった。
世界の進歩とあがめられたものがどうなっていくのか、それをクロエは想像した。
想像と違うかどうかは問題ではない。行きつく場所が同じなのだから。
――何度も言われた言葉を思い出す。
それはすぐに思い出される。
――どうせ人は死ぬんだ。行きつく場所はみな同じ。それに早いも遅いもない。――だから殺し屋は、つまらない。
クロエはそれを、結果が同じだからつまらない、と解釈している。が、その意見には残念ながら、同意は出来ない。
――その過程が、それぞれ違ったから。
今まで、そうだった。結果が少し違うやつもいた。
だからこそ、クロエはそう思えない。
懐かしく微笑んで、空を見上げる。
――あそこに、かつての彼はいるのだろうか。
「それは誰が言っていた……?」
重く、冷たい空気が王室に流れる。
「私が独断で判断したことです」
リュウスは考えた後、ポツリとこう言った。
「そのものの容姿は?」
「――。何を言っておられるので……」
「答えろ――フードの仲は見たのか」
――リュウスには何もかもが見透かされている、そう感じたゴブリンはすべてを白状した。
「――見て、ません。そのものは私に言いました。――ですが、その内容は言えません。ただ一つ――」
――一部を捏造して。
「私はそのものに脅されています」
――それを王に伝えた。
「――。それなりの対処をしよう」
悩むようにその決断を下したリュウスの目は。
――シャクヤクのように赤く揺らめいていた。
ゴブリンが脅されているというニュースは瞬く間に城内に広がっていった。
伝えた全て、嘘偽りなく。
それのおかげも相まってだろう、リュウス自体のその行動にさえ疑いを持つものも現れ始めた。
リュウスの知らないところで、何かが行われている。
そんな噂を聞いたクロエは、内心笑った。
「ゴブリンも少しは使える……」
それこそ本当に少数だが、使い方さえ間違えなければ、いい道具にってくれる。
「しかし――」
国内の把握ができていないようではまだまだだ。
そんな奴の血を――この剣につけてはいけない。
この剣は、汚れた血を受け付けない。
「さて、そろそろですかね」
もう崩壊するだろう。
ショータイムというにはあまりにひどすぎる、クロエの過去を自らで貶めるための、ショーが始まる。
「君たちをここへ呼び出した理由は言わずともわかるだろう。――例の噂の件だ」
冷たい空気が流れる。触れると離れないぐらい、冷たい空気。
そんな中、部下たちに赤い目がむけられる。
「――君たちを――追放する」
しばしの沈黙。その後に浴びせられる罵声。
それをしっかりと見て、あるゴブリンが言った。
「やっぱり、そうだったのか」
あの男が言っていたことは正しかった、そう言った。
その直後。
――城が崩壊した。
すべてが粉々になり、王はその場にへたり込む。
「もう少し派手にやってくれないと……」
一人の男の声が聞こえる。
それは先程まで生きていたゴブリンたちを踏みにじり、こちらへ向かってくる。
「やめ、ろ……踏むな」
リュウスの全てがそこに詰まっている。今まで、そしてこれからが詰まっているのだ。だからこそ。
だが。
「いやだ、と言ったら?」
その問いに、リュウスは答えられない。
「つまりそういうことなんですよ。――すべては言い訳のように、無意味なものに過ぎない」
そこに強い意志など、存在しない。
「だからこそ」
いつの間にか、顔のすぐ横に男の持っていた剣が刺さる。
「お前が称えられている理由が分からない。――ただの自己満足で王になり、それでいて味方を捨てた。それを踏むな――どういうことだ? 教えてくれよ」
「――」
「だから嫌いだ。お前も――あいつも」
男の目には、何も映っていなかった。何もかもを無へと変換して、それをこちらに向ける。
それは、恐怖。
「遺言は聞かない。――お前の声なんて、聞きたくない」
リュウスに向けられた言葉のはずなのに、それに違和感を感じずにいられなかった。
男の手が一瞬、視界に映る。その直後。
視界がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ――――――。
「――汚らしい」
長くはいたくはない。
こんな奴に、言葉はいらない。
今までと違う終わり方だとしても、殺したという事実に変わりはない。
行きつく先は同じなのだから。
これで一つ。
壊した。
壊れた。
それを確信し、歩を進める。
不安定な足場を一掃し。
――残されたものなど知るものか。
クロエには――関係のないことだ。
心を落ち着かせて、男は――『鬼』は笑わず、その場を後にする。