5.願いは
「梅酒とウーロンハイですー!」
「ども~。私的には締めはあったかい梅酒だわ~。颯君はあんまり飲まないよね」
「美和さんが強いんですよ」
今日は金曜の夜、美和さんの行きつけの飲み屋でまったりしていた。
俺は、さっき頼んだ厚揚げを口に放り込む。
店の厚揚げは、家で焼くより表面がカリッとしており美味く感じる。俺は食べながら、美和さんと会話しつつもぼんやりと別の事を考えていた。
あの再会から2年が経過し、こまめに連絡をとり友達から彼氏になって1年が経とうとしている今、俺は悩んでいた。
小さい二人席の俺の前には、ほろ酔いで顔が少し赤い、なんとも無防備な美和さんが肘をつきながら質問をしてくる。
「そういえば、颯君はどうして調律師になったの?」
「中学に入った時、父の知り合いに会ったんです。その人はベテランの調律師で一気にそれからのめり込みました」
「そっか~。確かお父さんは、音楽の塾を経営しているんだっけ?」
「はい。調律の他に受験に向けた教室。あと最近は、国産ピアノが海外に流れていくのが残念だと言い、施設へ寄贈したり色々動いてます」
「家のも弾いてないから去年引き取ってもらったしね」
「はい。美和さんのお宅にあったピアノのメーカーは現在は海外生産に切り替わっているので、国内で生産されたあのピアノは貴重です」
「でも…楽器は弾くものだから」
梅が入ったグラスを揺らしながら、美和さんは言った。その顔は寂しそうだ。そんな彼女を見て俺は、つい酒が入りすぎた勢いもあり口にしてしまった。
「俺、美和さんと結婚したいです」
「へ?」
へって、ちょっと、いや、かなり傷ついた。
いいや、もう吐き出してしまえ。
「結婚したいです。今すぐにでも。だけど、俺の職業だと収入が安定しない。かといって調律師を辞めたくはないんです」
ピアノを習う人、まして調律するピアノは年々減少している。顧客がつかめればいいが、まだ新米の俺は、紹介や父の引き継ぎでなんとかやっている。食べていけないのでピアノの講師も最近始めたが、調律師を辞める気はない。
中学の時に出会い父親の元で働くまでお世話になった人のようになりたい。
それは寄り添う調律師だ。
奏者の事を考え、その人の気持ちになり、その人が求めている音にキーの重さにする。
言うのは簡単だが難しい。
でも、続けたい。
「な~んだ。そんなの簡単よ」
「え?」
「私が稼げばいい話じゃない」
「でも」
「私、これでも社内ではトップクラスの成績よ。あっ、でも子供できたら産休明けは頼んだ!」
えっ? こ、子供?
「美和さん」
「結婚するなら呼び捨てがいいなぁ」
「…Yesって事ですか?」
「もちろん!私のが五歳も上だし、実はそろそろ言ってくれないかなぁと思ってた」
あっさりオーケーを貰えて逆に不安になった俺は、今さらながら聞いてみた。
「例えば俺のどこが好きですか?」
「う~ん、年下なのに落ち着いているとこに安心感がある。あとは顔、手」
「手?」
何だ手って。
「弾いている時の手が好き。調律している手も、もちろん音も」
そういう事か。手なんて見られていたのか。
全く気がつかなかった。
「俺も美和さんの音、好きです」
「え~音大出に言われてもなぁ」
「嘘ついてませんよ」
美和さんの音は素直だ。俺にはないまっすぐな音。拙いのに、その一生懸命に弾いて生まれる音は、とても純粋で。
「…いつか連弾しませんか?」
「うん。いいよ。近い未来の旦那様」
俺の誘いに美和さんは、ふにゃりと笑った。
付き合ってもらえることになった時、嬉しくて抱き締めてみれば美和さんは、とても小さくて驚いた。俺がデカくなったのだろうけどあまりにも華奢で。
でも変わらない事もある。
俺が好きな、この笑い方。
こちらまでつい、つられて笑ってしまう。
黒い事は一つもない俺だが、実は、まだ美和さんに内緒にしている事がある。
去年引き取った美和さんのピアノは、現在低学年向けの教室で使用しているが先月、父親に交渉し天引き払いでそのピアノを購入することにした。
近い将来、中古でもいいから家を買い、そのピアノを置きたいと思う。
でも、それはもう少し先の話。
* * *
イシクロ様より頂きました。
人生初のイラストです。
ありがとうございました!
読んで頂きありがとうございました!