第1話
暗雲がひしめく空は紫色を帯びている。
時折見えていた星々もすっかり飲み込まれてしまった。冷たい風が半月型の窓を通り抜け、敷き詰められた石製タイルの溝に溶け込んだ。部屋の窓際には同じく石造りの玉座が佇んでいた。
「長かった‥‥」
玉座には老人が座している。地獄の底まで続く谷のようなしわがところせましと刻まれた顔は、天まで続く大木の幹を連想させ、足元まで届く立派な髭を携えている。
「あの日‥‥魔界軍が人間に敗れ、残されたのは焦土と化した町や森‥‥しかし、ようやく復興を遂げ民も安心して暮らせるようになった。」
老人の声が部屋にこだまする。
「そろそろ頃合であろうか‥‥」
と、その時
コンコン
玉座の正面、唯一のドアがノックされた。
「幹部筆頭バーバラ、ただいま戻りました。」
鋭利かつ危険な色気を感じさせる男の声だ。
「うむ、入れ」
老人がそう答えると、ドアから黄金色の長髪で長身の男が現れた。紫色の唇には異様に鋭い犬歯がくい込んでいる。
男は玉座へと続く赤い絨毯の上をスタスタと歩き、玉座の前まで来ると片膝をついた。
「地方の復興作業ご苦労であった。町の様子はどうだ」
「ハッ、生活設備も整い民も活気を取り戻してございます。」
「‥‥‥それは‥‥よいことだ」
「御尽力の賜物かと存じます‥‥魔王様」
「世辞はよい。わしは魔王、魔界のもの達に尽くすのは当然のことだ。それよりも、城に戻った幹部はお前で最後だ、今すぐ全員ここに集めろ。」
魔界を統べる魔王の元には、魔王に次ぐ権力を持たされた幹部が4人いる。先の戦いによる被害は大きく、いち早く国民の生活を安定させるために3人の幹部を主要都市に派遣していたのだ。
「仰せのままに」
バーバラ卿は滑らかにそう言って、部屋を後にした。
一人になった魔王は背もたれに寄りかかり深いため息をついた。これから幹部達に下す命令を彼らは素直に受け入れるだろうか.......。
人間の国と友好関係を結ぶという私の意向を.......。