暇つぶし妄想族。~専業主婦・裕子の場合~
「いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
夫が出勤し、子供たちも学校に行った後、私の落ち着いた時間が始まる。平日の毎朝の光景だ。朝の片付けを済ませても、まだ時刻は8時を少し回ったところだった。
毎朝お馴染みのワイドショーを観ようと、テレビをつける。
あれ、この女優さん、ちょっと痩せすぎてないかな。この年齢でここまで痩せたらちょっと見苦しいわね。10年ぐらい前の彼女の方が魅力的だったな。
へえ、最近はこんなキャラクターが流行ってるんだ。キモカワイイってやつになるのかしら。え、あんなに大きいぬいぐるみをそこにつけるの!?若い子の感覚ってわかんないわぁ・・・
うわぁ、美味しそう・・・あら、意外と安いのね。あ、こっちのセットの方が私は好きだわ。野菜もたっぷりだし。まぁ、こんなお洒落な店、一緒に行く人がいないけどね。
ピーピーピー
「あ、洗濯終わった」
私は、テレビの前のソファから立ち上がり、洗濯機の元へ行く。今日はいい天気。洗濯を干すのも楽しくなるくらいの陽気だ。
ここは、マンションの7階。ベランダで洗濯を干しながら、私は下を歩く人の姿を見ていた。
「またあの子、今頃学校行くんだ」
もう9時を過ぎて、とっくに学校は始まっている時間。この時間に登校する一人の小学生の姿をもう何回も見ている。もしかしたら、両親が共働きで朝の時間帯に子供しかいなくて間に合わないのかしら・・・いや、母子家庭でお母さんが必死に働いてるとか・・・それとも、ただ単に学校に行きたくないとかで毎朝『頭が痛い』『お腹が痛い』とか言ってるのかしら。
ガタガタ、キキーッ。
マンションの下に、宅配便のトラックが停まるのが見える。
「あ、彼だわ」
ドアが開いて、スラリと長身の宅配のお兄さんが降りる。トラックの荷台から、このマンションに届いている荷物をカートに積み込む。2つ、3つ箱が乗せられる様子を見ながら裕子は期待していた。私のところにも何か届くかしら。それにしても、いいお天気!これなら洗濯もすぐ乾きそう。私は最後の1枚を干し、洗濯を終えた。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。私は、ちらっと鏡を見て髪の毛を整える。この時間帯、来る人と言えば、彼しかいない。私はいそいそとドアを開けた。
「おはようございます、宅急便です!」彼が大きな声で話す。
「ごくろうさまです」
「重いのでそちらまで運びますね!」彼が玄関の中まで入り込んでくる。
そして、荷物をちょっと横の方に置き、私の体をぐいっと抱き寄せる。
「おはよう、裕子。会いたかったよ」
隣の部屋に聞こえないよう、小声で話す彼。
「私も・・・」
朝からきつく抱きしめられて、そっとキスを交わす。
「いつまでもこうしていたいけど、怪しまれるから行くよ」
「うん・・・また、待ってる」
「そうだ、これ、俺から。ハンコちょうだい」
彼はいつも、偽物の宅配便を持ってこの部屋に来る。大きな箱に、中身はちょっとした物だったりするんだけど、そこまでしてこの部屋に来てくれることが私にはとても嬉しい。
「はい、ハンコ。ありがとう、ごくろうさま」
私は軽く彼の頬にキスをした。部屋から出た彼は、仕事中の顔に戻り、エレベーターの方へ向かった。
「かるっ(笑)」
彼が運んできた大きな箱を軽々と持ち、リビングで箱を開けてみた。
「あ、これ!」
大きな箱の中に、さっきワイドショーで見たキャラクターの携帯ストラップが入っていた。
「ふふ・・・ありがと」
私は急いでベランダに出た。エレベーターを降りた彼がマンションから出ていくところだった。私が見ているのをわかっているかのように、振り向いてこちらを見る。私は、彼に見えるようにストラップを振って、彼にバイバイの合図をした。
彼とは、彼がこの地域の宅配の担当者に決まってから、割とすぐに恋に落ちた。それ以来、今朝のような関係でずっと続いている。荷物を届けるふりをして抱き合ってキスするだけ。ただ、それだけ。それでも、私たちは愛し合っている。
と、いうような独りよがりの妄想を私は暇つぶしにしている。
「あ、買い物行く時間だわ」
買い物先のスーパーにも、私の彼がいる。鮮魚コーナーに新しくやってきたイケメンだ。さぁ、今日はどんな素敵なことが起こるかしら。私はワクワクしながら靴を履いた。
~暇つぶし妄想族。~専業主婦・裕子の場合~(完)~