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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章裏・暗き法
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暗き法 1

*もう一つの終章です。とても暗いルートになります。

 ロイヒテンが目覚めた時、全ては終わった後だった。


「…………」


 痺れの残る身体に鞭打って何とか身を起こすと、そこには惨劇の跡が残っていた。


 崩れた柱や燃えた瓦礫――それらに囲まれて、血塗れのイチがカナタを抱いている。青白い顔で目を閉じているカナタは、何かを呟きながら身を震わせているイチの腕の中で、ぐったりとして動かない。カナタの頬には、涙の流れた跡がただ一筋だけ残っていた。


 辺りを見回してみると、近くに夥しい量の血の跡があった。その血は出口に向かって続いていて、恐らくこの場にいない風花と紅のものであることが窺えた。


 ロイヒテンは深く息を吐くと、ややふらつきながら立ち上がり、ゆっくりとイチに近付いた。足元の瓦礫がカラカラと乾いた音を立てて崩れたが、イチは振り返ろうとはしなかった。


「イチ……」


 後ろから声をかけると、イチはピクリと肩を揺らした。


「お嬢さん達はどうした……?」


 尋ねると、イチは掠れた小さな声で答えた。


「生きてる。でも、あの傷じゃ助からないかも。多分、もう追って来ない」


「……そうか」


 ロイヒテンは呟くように頷いて、目を伏せた。なぜ、という問いは今この場では相応しくないように思えて、彼はその疑問を飲み込んだ。


「ここにいたらまずいんじゃないか? じきに騒ぎが人目に触れる」


「…………」


「見つかったら城に監禁されるぞ。行こう」


 言うと、イチは抱き締めていたカナタから少しだけ身を離した。その拍子に何かがカナタの衣服の中から滑り落ち、カサリと軽い音を立てて床の上に落ちた。


「これは……?」


 イチが手を伸ばして拾い上げると、それは破り取られた新聞の記事だった。そこには、エレオノーラに向けられた恋の唄が綴られていた。


「…………」


 ぐしゃりとイチの手の中でその紙が潰れ、それは再び床に落とされた。カナタをその場に横たえてゆるゆると立ち上がったイチは、靴底でそれを踏み付けた。


 ロイヒテンは何も言わず、先に立って歩き始めた。そうしながら、後ろに続くイチの足音が途切れないように、じっと耳をそばだてていた。


 そうして逃げるように場を離れ、口を閉ざしたままエスメロードに辿り着いたのが、もう一年前のこと。死体ばかりの誰もいない城にトランスパレントの魔法をかけて、ロイヒテンとイチは二人きりで時を過ごした。食料や生活に必要な物は、時々ロイヒテンが身を隠しながら調達しに行った。


 イチは一年前と同じ悲しそうな顔のまま、何も言わず、何も語らなかった。同様にロイヒテンも何も言わなかったが、自分のいない間にイチが死ぬのではないかと、離れている間、いつも彼は追い立てられるように用を済ませて城へ戻っていた。


「……ロイヒテン」


 そんな歪んだ日々の中、不意に打ち破られた静寂に、ロイヒテンは目を見開いた。ワゴンの上で紅茶を準備していた彼は、音がしそうなほどの勢いで後ろを振り返った。


「イチ……今、俺を呼んだのか?」


 尋ねた声は、思わず上擦って震えた。穏やかな陽射しが窓際のカーテンをきらきらと白く光らせ、その傍らで、イチは小さく微笑んだ。彼女は静かに窓際を離れると、近くにある本棚に手を伸ばした。


「君も、好きなの?」


 取り出したのは、何度もページをめくった跡のある、少し古い本だった。


「これ、カナタも読んでた。……恋愛小説なんてガラじゃないって言ったら、ちょっと怒ってたわ」


「何の本だ?」


 泣きそうになるのを堪えてイチに近付いたロイヒテンに、イチは本の表紙を向けた。


「ロミオとジュリエットか。嗜みとして当然だな」


 そう言って口の端を上げたロイヒテンに、イチは懐かしそうに目を細めた。


「ねぇ、こんな聞き方は卑怯かもしれないけれど、今までどれだけ私が私であることを嘆いたか、君にわかる?」


「……いいや。だが、例えどんな名になろうと、あんたの全てが甘く香ることに変わりはない」


 作中の台詞をもじって答え、ロイヒテンはイチの髪をそっと梳いた。イチは静かに目を閉じてされるがままにしながら、小さく息を吐いた。


「君はあの時、未来で私が笑える方を選べって言ったよね?」


「あぁ。……だが、どちらを選んでも泣くことになるのはわかってた。ただ」


 ロイヒテンは一度言葉を切ると、少し悲しそうに微笑んだ。


「カナタも選んだんだ。自分が竜となることを」


 崩壊を止めた世界には、再び変わらぬ日常が戻っていた。地平線の先にぽっかりと空いていた暗闇はいつしか消え去り、多くの人々の中で、「あれは何だったんだろう」程度の認識で日々が過ぎ去っている。


「選んだから、あんたに剣を託したんだ」


「そうね。もっと生きたかったに違いないのに、カナタは一言もそれを口にしなかった。きっと、少しでも私が迷わなくて済むように、カナタは『生きたい』って言わないでくれたのよ。――だけどそれを狡いと思ってしまう自分もいるの。死ぬか生きるか、世界を繋ぐか滅ぼすかを私に委ねるなんて、って。……ハウィンの言うように、私は卑怯者なのよ」


「イチ……」


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