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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章・竜堕とし
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終・竜堕とし 2

「あんた、言ってたろ。イチの持ってる髪飾りの子、誕生日にメイヴスの儀式で殺されたって」


「ロイヒテン、あの時風花と戦ってたよね? 聞いてたんだ」


「そのくらい造作も無い。魔力が元々高かったってイチは言っていたけど、それにしたってあいつの力はおかしい。あの時の傷、もう全部跡形も無いんだぜ? ……多分、イチの魔力は魂喰いの儀式で高められているんだ」


「魂喰い……」


 エスメロードでアルノルトとベルノルトの命を奪った、あの恐ろしい儀式――確かに、それがイチに施されていてもおかしくはない。それに髪飾りの子は、会話の中で「イチと一つになる」と言っていた。


「別に今更知りたいとは思わないが、竜堕としの儀式を行うには条件があるんだろう。そうでなければ、いくら首輪が付いていたからって、あんな強大な力を飼い犬に与えると思うか?」


「犬って!」


「あぁ、もちろんイチは人間さ。だから迷って、悩んで、泣いたんだ。例え父親の思惑通りにカナタを殺したとしても、イチは人間だ。……だが少なくとも国王やイチの兄弟にとってはそうじゃなかったのさ。多くの人達が命を落としてまで守ろうとした世界なんだから、王女のおまえも守って当然だろう? ――ってな具合の残酷な首輪をかけて、鎖に繋いだ。シオウのことだって、もしかしたらあいつがシオウを好いているのを知って、そうしたのかもしれない」


「そんな……」


「まぁ、今は俺のことが好きで堪らないようだから、縁とは不思議なものだな」


 ロイヒテンはしたり顔でうんうんと頷いたが、今のところイチにそんな素振りは微塵も無い。いつものように「はいはい」と聞き流すと、ロイヒテンは「ふふん、嫉妬か?」と得意気に口の端を上げた。無視して桃を食べようとしたところで、ロイヒテンが貴族とは思えない大きな口で桃に齧り付きながら言った。


「俺はご免だぞ」


 咀嚼しながらの、少し籠ったような声。意味が分からず彼の横顔を見上げると、ロイヒテンの眉間には、少し苛立ったような皺が寄っていた。


「例えばイチがカナタを殺してカナタが竜になった後――次にそれを引き継ぐのは誰だ? もしもそれがイチだったら? その時イチの腹には俺の子がいて、イチは産まれた赤ん坊を俺に託して竜になるんだ。じゃぁその次は? 俺はイチが遺した赤ん坊を懸命に育てて、やがてその子に訊かれる。『お母さんはどうして死んだの?』。そして俺は答えるんだ。『おまえのお母さんは世界の為に死んだんだ。だからおまえも竜になる為に死ななきゃいけない』と」


 どうしてイチがロイヒテンと結婚して子どもを産むことになっているのかよくわからないが、背筋は思わず強張った。誰かの犠牲を払わなければ続かない世界というのは、つまりそういうことだ。


「そんなのを延々と繰り返さないといけないなんて、冗談じゃない。むしろ百年前までの竜殺し達がそれをやってきたっていうのが、俺にはとても信じられないね。大勢の為に個が犠牲になるのはよくある話だが、個にも抗う自由くらいあっていいだろう。抗えば必ずしも死ぬと決まっているわけじゃないんだ。バラバラになるだけなら、笑って別れて巡り巡って、いつかまた会えるかもしれない方がいい」


 私は驚いて、見開いた目でロイヒテンを凝視した。その視線に気付いたのかロイヒテンが私を見下ろし、怪訝そうに首を傾げた。


「何だその顔は」


「ロイヒテンが凄くまともなこと言ってるから……もしかして明日世界が終わるのかな」


「世界がいつ終わろうと構わんが、まぁしかし、それはそれで多少寂しいものはあるな。何より、イチが俺に会えないショックで塞ぎ込んでしまうのではないかと思うと、自分の存在の大きさに胸が痛くなるよ」


 ロイヒテンが言った時、彼の後頭部でベチャッと濡れた音が弾けた。ぎょっとしたように目を見開いて振り返ったロイヒテンの顔面に、もう一発。半分が腐って、もう半分が鳥か虫かに食べられている桃の実だった。


「君、本気で気持ち悪いんだけど」


「何だイチ、照れ隠しか? それにしたって桃の実を投げ付けるのはどうかと思うぞ。しかも虫の食いかけで、腐ってる」


「それを照れ隠しと思えるなら、君の脳は腐ってる」


 やってきたイチは嫌そうに顔を歪めると、大きく溜め息をついた。ロイヒテンは全く気にした様子も無く、潰れた桃を拭い落としながら、涼しい顔で肩を竦めた。


「カナタ、食べながらで悪いけど、出発するわよ。また追手が来てるみたいだから。多分あれ、一個師団は動いてるわね」


「師団!?」


 思わず素っ頓狂な声を出すと、イチは顔を顰めて頷いた。


「えぇ。どんな名目で動いているのかわからないし、もしかしたら私達が目的じゃないのかもしれないけど。面倒だし逃げましょ」


「どうせ追い付かれたところで一撃だろ」


「やめてよ。そんなことして、鬼のような魔法使いとか言われたらどうするの」


「きっともう言われてるよ」


 呑気に笑うロイヒテンに、イチが頬を膨らませた。揺れる彼女の長い黒髪の上で、翠の宝石をあしらった花の髪飾りがキラキラと光っている。私が編んだ金属紐と部品に嵌め込んだだけのイミテーションジュエルは、紅の手で精巧な金属細工のような髪飾りに仕上がった。それだけでも驚きなのに、彼は私にも同じデザインの碧い髪飾りを作ってくれていた。材料を買った時に私を店の外に出したのは、値切る為というより私の分の材料を揃える為だったらしい。


「素敵ね。やっぱりこれ、カナタによく似合ってる」


 不意にイチが私に手を伸ばし、指先でさらりと私の髪を梳いた。


「今度会えたら、紅に何かお礼をしないとね」


 自分の髪飾りに触れながら、イチは楽しそうに微笑んだ。二人との別れ際に渡されたものだから、当の私も、紅に何もお礼をできていないのだ。


 明日終わるかもしれない世界で、「今度会えたら」は果たして叶うのだろうか。そんな不安も当然あるが、先刻のロイヒテンの言葉を思い返してみれば、そういえば二人とは笑って別れることができた。


「そうだね……」


 空を見上げれば、今日も変わらず太陽が輝いている。ポケットの中でカサリと音を立てるのは、世界を壊してしまうほどの熱を帯びた、私の知らない〝恋〟の詩。


 私は頷き、イチに笑みを向けた。


「いつかまた、ね」


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