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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
一章・銃士と剣士と魔法使い
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一・銃士と剣士と魔法使い 8

「知らないって言っただろ」


 ロイヒテンは少し苛立ったように声を荒げた。


「いない奴の心配より、この状況で対立している場合じゃないってわからないか? 晩飯の兎じゃあるまいし、丸焼きになるのはごめんだ。……それに」


 ロイヒテンは一度言葉を切ると、小馬鹿にするように口の端を上げた。


「そこからあんたが俺を斬り付けるより、俺があんたを撃つ方が速い。妙な真似はしないことだ」


「……そんなの、やってみないとわからない」


 言うなり地を蹴って、私はロイヒテンに向けて短剣を振り翳した。


「はあぁっ!」


 ギィンッ!


 右手に強い衝撃を受け、金属音と共に短剣が宙を舞う。思わぬことに目を見開きながらも、残った左手の短剣をロイヒテンへ振り下ろした。


 しかし次の瞬間ぐるんっと世界が反転し、気付くと私はロイヒテンによって地面に組み伏せられていた。


「……だから、なめるな」


 低い囁きが耳元に落とされ、私はビクリと身を竦ませた。


「あんた奴隷だろ? わからないと思ったか?」


「それがどうかした?」


 強気に言い返すと、ロイヒテンの唇に底冷えするような笑みが浮かんだ。


「最初に会った時、あんた俺の挙動を観察しているようで、実は顔色窺っただろ。あんたには奴隷としての、そういう習性が染み付いている」


「っ!」


「いいか、俺があんたを奴隷として扱わないのは、あんたの主人がそうしているからだ。本来あんたは、俺に物申せるような立場じゃないんだよ」


「わ、私はイチの奴隷なんかじゃ――」


 言いかけた私に、ロイヒテンは鼻を鳴らして首を傾げた。


「奴隷じゃないなら何だ。仲間? 友達? あんた、彼女の何を知ってる? どうせ奴隷が奴隷らしくあるべく必要なことしか知らないんだろ。あんたは誰にも信頼を寄せていないし、寄せられることもない。ただの主従関係にぶら下がって生きているだけだ」


「そんなこと……――」


 そんなことない。


 そう言おうとして、言葉が続かなかった。そもそも私は、イチがこの一年間私と共に旅をしてきた理由すら知らないのだ。それはやはり、私が彼女にとっての仲間や友達の類ではないからだろう。


 口籠っているとロイヒテンが体を起こし、私に手を差し出した。


「というかそもそも、あんたは彼女に置き去りにされてるんだ。それを助けた俺の慈悲深さに感謝してくれ」


 燃える炎にヒリ付くような痛みを覚えながら、私はあくまでもロイヒテンを睨んだ。ロイヒテンは諦めたように溜め息を吐き、差し出していた手を下ろした。


「じゃぁ、そこで焼け死ね」


 言って、ロイヒテンはくるりと踵を返した。その時だった。


「げぶぁっ!?」


 蛙が潰れるような奇声を漏らしたロイヒテンの顔面が地面へダイヴし、突如彼の上に降り立ったイチが、しなやかに両手を広げて空を仰いだ。


「魔の理を背負いし力よ、暗黒に失われた言の葉に平伏せ――〈レイション〉!」


 高らかに唱えられた呪文と同時に、イチの頭上に描かれた黒の魔法陣から漆黒の光が放たれた。途端に辺りの炎が一気に鎮火し、後には焼け野原が広がった。


「あの子……」


 焦げ付いた大地の先には、獰猛な眼をした白いワンピースの少女が立っていた。手には燃え盛る炎の杖を持っている。


「ねぇ、ロイヒテン」


 ロイヒテンを踏み潰したまま、イチが鋭い声と朗らかな笑顔で言った。


「よくもカナタを泣かせたわね。あとでお仕置きよ」


「えっ」


 鼻を押さえながら顔を引き攣らせたロイヒテン。私はびっくりして首を横に振った。


「泣いてない!」


「そう?」


 イチは首をちょこんと傾げて、ロイヒテンの上から飛び降りた。


「置いて行ってごめんね。私一人で何とかなると思ったんだけど、無理だった」


「一人でって……!」


 絶句してイチを凝視すると、彼女は「えへへ」と困ったように笑って、ロイヒテンに尋ねた。


「ロイヒテン、妹なんでしょう? 彼女、名前は?」


 ロイヒテンは土埃を払いながら立ち上がり、僅かに渋い顔をした。


「……リーゼロッテだ」


 白いワンピースの少女――リーゼロッテは私達を視界に捉えながら、口元だけでニコニコと笑っていた。それなのに双眸は獲物を狙うギラギラした光を宿していて、ひどく狂気的な姿に見えた。


「カナタ、ここは私も手伝うから、やっつけちゃおう」


「うん」


 私は頷いて、弾き飛ばされた短剣を拾い上げた。


「ロイヒテン、君はどうする?」


「…………」


「彼女に手を出したくない気持ちはわかるけど、あの子を放って置いたら、顔の似ている君までこの辺の人達に殺されるよ。被害もどんどん大きくなる」


 眉間に皺を寄せて黙り込んでいるロイヒテンに、イチは少し憐れむような口調で言った。しかしロイヒテンは小さく溜め息を吐いて、大仰に肩を竦めた。


「悪いけど、あんた達で勝手にやってくれ。こうなった以上、止めはしないけど……手を出す気にもなれない」


 ロイヒテンはくるりと踵を返したが、その背にイチがどこか含みのある言葉を投げた。


「逃げるの?」


「何とでも言ってくれ」


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