表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜堕トシ  作者: 真城 成斗
七章・竜と真実
87/99

七・竜と真実 10

   *   *   *


「……風花、紅、カナタ」


 イチは深く息を吐くと、私達の名を順番に呼んだ。


「ハウィンの言っていることは本当。この世界にはメイヴスの竜が必要なの」


「それはもう聞き飽き――」


「お嬢、少し黙っていてくれ」


 イチを遮った風花に、紅がらしくなく厳しい口調で被せた。風花は紅を凝視したが、紅が譲らないのを見て取り、溜め息をつきながら刀を鞘へ納めた。


「百年前――青年二人が、ある美しい女性に恋をしたの。青年の一人は竜殺しの一族で、もう一人はローズガルドの王族だった。女性の名はエレオノーラ。……彼女は竜の魂を宿す女性だった」


「エレオノーラ? ……百年前のローズガルドの王妃と同じ名前ね」


 風花は訝しげに呟いて、腕を組んだ。


「竜は肉体が果てようとする前に、その魂を器に預けるの。そして魂を宿した器を壊すと、器の命を連れて、魂は竜の肉体へ戻っていく。そして器の命の分だけ、竜の肉体はまた蘇る。……その役目を請け負っていたのが、かつての竜殺しの一族よ」


 すると風花は眉間に皺を寄せ、嘆息気味に言った。


「竜に選ばれると寿命を取られるってワケね。さっきのハウィンの話と合わせると、その『魂を宿した器を壊す』っていうのは、竜に選ばれた者を殺すっていう意味? ……そんな話、聞いたこともないけど」


 最後は突っぱねるような口調になって、風花は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。イチは何を言い返すでもなく、長い睫を伏せて続けた。


「竜の魂を宿すことができるのは、竜殺しの一族だけ。恐らく当時の彼らは、暗き法によって出来上がったこの世界の理と自分達の役割を知っていたのだと思う。彼らに守られてきたその理を〝偽りのモノ〟に変えたのが、エレオノーラに恋をした竜殺しの一族の青年よ。彼はハウィンから暗き法の一部――源泉魔法を盗み出した。そして伝承に従って家族や友人を死に追いやらなければならない現状に疑問を抱いていた一部の一族を焚き付けて、その力で竜を襲わせたの」


「源泉魔法……」


 呟いて、私は風花の方を見た。風花は唇に指で触れ、何かを考えているようだった。


 確か風花が幼い頃に、竜殺しの族長と紅の祖父がその話をしているのを聞いたと……。


「本来魔法っていうのは、魔法陣と呪文を介して竜に呼びかけることで、魔の力によって成り立つ世界の法則を借りるものなの。そして『世界は全ての魔によって廻り、世界の命は竜が統べる』――源泉魔法は、世界の全てを生み出す竜の魔法よ」


「魔法陣と呪文で……竜に呼びかける?」


 イチの言葉を繰り返し、私は彼女を凝視した。今まで私は、その「呼びかける」感覚がわからなくて魔法を上手く扱えなかった。いや、そうでなかったとしても、魔法陣と呪文が竜に呼びかける為のものだなんて、一体誰がそうとわかってやっていたというのだ。


 呆然とする私の一方、風花は目を細めると、納得できないといった様子で首を横に振った。


「百年前の青年が盗んだのが源泉魔法で、それを私達竜殺し一族が手にしたのなら、竜が消えても世界はなくならないはずじゃない?」


「いいえ、源泉魔法はあくまでも竜しか使えないし、暗き法の一部に過ぎない。だから青年の手にした源泉魔法も本来の力は発揮していないの。彼らは全ての魔の力の影響を受けなくなる代わりに肉体に強い負担を受け、寿命を蝕まれた。彼らは竜に生贄を捧げるという定めから解放されるなら、寿命が縮むくらいなんともないと思っていたのかもしれないし、実際その力でメイヴスの竜に圧倒的勝利を収めて、竜は滅んだ」


 イチは一度言葉を切ると、自分の胸にそっと手を置いた。


「でも本当は、そんなことをすれば世界はバラバラに砕けてしまうと、二人の青年は知っていた。だってこの世界の成り立ちを盗んだんだもの。わからないはずがない。彼らのせいで今、魂を失った竜の肉体――つまり世界は、緩やかに崩壊へと向かっている」


「なるほど。今の世界は竜の屍で存在していると」


 今度は紅が鼻を鳴らし、腕を組んで大きく息を吐いた。


「そう。二人の青年は、本当はその恋でこの世界を終わらせるつもりでいたの」


 胸の上に置かれたイチの手が、喘ぐように握り締められた。紅も風花も冷ややかな反応を見せているが、涙の一粒すらも浮かばないイチの瞳は、引き裂かれそうなほど悲痛な色を浮かべている。ただ、紅と風花もイチの話を一切信頼に値しないものと切り捨てようとしているわけではなく、そんなことがあって堪るかと、自分に言い聞かせているようにも見えた。


「二人は歴史をでっち上げて仮初めの平和を築き、二度とメイヴスが蘇らないように、その存在を闇に葬った。そして竜殺しの一族の青年は、自分の寿命がエレオノーラの半分も無いことを知って、王族の青年に彼女の幸せを託して身を引いたの。王族の青年とエレオノーラの間には子どもができたんだけど、その子は――つまり私の父は、自分の寿命よりも早く、世界が終わることを知ってしまった」


「…………」


「彼が生きる為には、もう一度竜が必要だった。だから竜殺しの青年の死後、今度は現王が、再び私のもとを訪れたのだ」


 不意にイチの言葉を継いだのは、愉悦を交えたハウィンの声だった。そちらを睨むと、彼はわざとらしく「怖い怖い」と肩を竦めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ