七・竜と真実 9
「紅、待って!」
「何だ? まさかこいつの言い分を信じるとでも――」
「見えるの、本当に。紅のおじいさん、若い頃は紅に顔立ちがよく似ていて……泣きボクロがあるでしょう?」
紅は眉を寄せると、ハウィンを眼だけで射殺せそうなほど睨み付けながら、一度彼から距離を取った。
「どういうことだ。なぜ俺の祖父の顔を知っている?」
「竜を氷漬けにした時、風花達との間に〈シールド〉を作った時、イチに炎を放った時――三回とも、魔法の中に何かの光景が見えたの」
「魔法の中に?」
「最初は白装束の女性と、紅とイチに似てる男性が二人。白装束の女性を何かから助けようとしていたみたいだけれど、神の力を手に入れただとか、理なんて変えてしまえばいいって話をしてた。周りでは、戦いの音がしていたわ」
「へぇ……」
「二回目は、紅に似た人だけ。戦いを煽っているように見えたわ。確か『メイヴスの竜さえ消えれば、俺達は二度と生贄などという理不尽な犠牲を出さずに済む。我ら一族がハウィンの力を得た今、恐れるものなど何もない』って」
ハウィンを睨んでいた紅の表情が僅かに強張り、彼はハウィンを牽制しながらも、私の方へ意識を移した。
するとその時、風花の鋭い声が響いた。
「紅、惑わされないで。私達一族が、誰に生贄なんて捧げるって言うの? ハウィンから力を分け与えられて、魔法の効かないこの身でメイヴスの竜を打ち倒した。それが私達竜殺しの一族でしょう!」
「お嬢……」
「メイヴスの連中に卑怯な策略で殺されたみんなの為にも、私達は負けるわけにはいかないのよ!」
「あっち側とお喋りなんて余裕だな、お嬢さん! 誰の相手してると思ってるんだ!?」
風花の声はロイヒテンの銃声に掻き消され、しかし次の瞬間、風花が凄まじい速さでロイヒテンの懐に潜り込んだ。
「悪いわね。終わりよ」
囁いた風花の一閃が、鮮血を散らした。
「――っ!」
吹き飛んだロイヒテンが赤を零しながら仰向けに倒れ、その喉元に、風花が刀を突き付けた。
「ロイヒテン!」
思わず上げた私の声で、イチがハッとしたようにロイヒテンと風花の方を見た。光の壁の向こうで、風花は僅かに唇を噛んでいた。
「どうして戦ってるのかしらね、私達」
「知るかよ。……それにしても強ぇな、ちくしょう。だが本当ならさっきの一撃で殺せただろう。怖じ気づいたのか?」
「…………」
答えない風花に、ロイヒテンは薄く笑った。
「俺を殺す程度で躊躇っているようじゃ、何も守れないぞ。お嬢さん?」
「うるさいわね。最期の言葉、それでいいわけ?」
風花の手元で刀が金属音を立てた。ロイヒテンは怯えた様子を見せるわけでもなく、大の字に倒れたまま、何か考えるように視線を動かした。
「そうだな……。じゃぁ、来世の妻に一言遺すか」
ロイヒテンは呟くと、顔を少しだけイチの方へ向けた。
「イチ、俺はどっちでもいいぞ。竜殺しの言い分でも、その男の言い分でも、あんたが未来で笑える方を信じればいい。どっちを選んでも、俺はあんたを愛している」
冗談かと思うほど軽いウインクをした琥珀色の眼が、優しい色をしていた。刀を振り上げた風花には、恐らくそれは見えていない。
もしかして――……
「風花、駄目!」
私が叫ぶよりも早く、弾かれたように駆け出したイチが〈シールド〉を〈レイション〉で崩壊させ、ロイヒテンと風花の間に無理矢理飛び込んだ。〈スタークン〉で身体能力を強化していたせいか、信じられないほどの速さだった。
「イチ!?」
振り下ろされた刃にイチの背から血飛沫が上がり、私達の誰もがその場で言葉を失った。……否、ハウィンだけはしたり顔でニヤニヤと笑っていた。
「貴女、どうして……!?」
イチはロイヒテンに覆い被さる格好でぐったりと彼に身を預けながら、掠れた声で言った。
「ごめん、ロイヒテン……嫌な役回りさせたね」
「おい……おい、ふざけんな! 血が……こんなに……。何なんだよ! 何で俺なんか庇ってんだ!?」
「こんな傷、平気。それより〝なんか〟なんて言わないの。言ったでしょう? 君は輝く光だって」
そう言って微笑んだイチの背の傷を、ゆっくりと光の粒子が癒していく。それを見た風花がハッとしたように、血に濡れた刀を構え直した。
「待って、風花。ロイヒテンは関係無いの。君と紅の二人が相手じゃ、私の分が悪いって思ったんだろうね。あんなぶっ壊れたこと言ってたけど、ロイヒテンは至ってマトモだよ」
「なっ……」
驚いたように目を見開いた風花に、イチは苦笑を浮かべた。
「ハウィンが余計なことを喋ったから、ロイヒテンも引っ込みどころが無くなっちゃったんだよね。本当はメイヴス側に付く気なんて更々無いのに、私を信じたばっかりに……ごめんね」
「イチ、俺は――」
言いかけたロイヒテンを遮ったのは、バチンと何かが弾ける音だった。同時にロイヒテンの身体に紫色の電光が奔り、ロイヒテンの背がビクンと弓なりに跳ねた。彼はそれきり脱力して動かなくなり、風花は更に目を見開きながら眦を吊り上げた。
「貴女……!」
「心配要らない。気絶させただけよ」
イチはそう言うと、血に濡れた体で静かに立ち上がった。