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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
七章・竜と真実
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七・竜と真実 3

「凄い……私、本当に竜を――」


 ゆっくりと、溢れていた力が光と共に収束していった。呆然と息を吐くと膝から力が抜けて、私はその場に座り込んでしまった。


「カナタ!」


 真っ先に駆け付けてくれたのは、イチではなくロイヒテンだった。


「大丈夫か!?」


 黒く焦げ付いて倒れている書棚や柱を機敏な動きで軽々と越えて来たロイヒテンの服は、ズタズタに引き裂けて赤黒く染まっていた。しかしその奥にある皮膚には傷一つ付いておらず、先刻まであれほど出血していたとは思えないほど顔色も良い。


「ロイヒテン……怪我は?」


「あんたの緑の光を浴びたら、あっという間に塞がった。おかげで助かったよ」


 ロイヒテンは自分の胸元を触りながら、「ありがとう」と笑った。それに釣られて笑みを返そうとしたが、ロイヒテンは私がそうする前に「おっと」と片眉を上げ、首を横に振った。


「俺の身体が思った以上に美しいからって、そうじっくり見られると照れるじゃないか。あぁ、しかしもちろん見惚れるのも無理はない。何ならいっそ脱いで――」


 ……などと言い始めたので、無視してイチの元へ行くことにした。脱力していた膝に力が戻って立ち上がれたのは、多分彼の気持ち悪さのおかげだろう。


「イチ!」


 駆け寄ると、イチはどこかぼうっとした様子で、凍り付いた竜の足元を見つめていた。声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げ、私を見た。


「カナタ……」


「イチ、大丈夫?」


 尋ねると、彼女は小さく微笑んで頷いた。そしてすぐに、悪戯っぽく舌を出して肩を竦めた。


「参っちゃうね。私としたことが一撃でやられちゃうなんて。油断したなー」


「イチが無事で良かった」


 いつもと変わらない彼女の態度にホッとしながら笑うと、イチは私を両腕でギュッと抱き寄せた。


「わっ」


 まだ少なからず竜と対峙した緊張が残っているのか、イチの心臓の鼓動は僅かに速いように感じた。柔らかな胸の中に顔を埋めて、私は彼女の肌のぬくもりに心底安堵した。


「カナタ、ごめんね」


「えぇ? 何でイチが謝るの?」


 私は苦笑してイチを見上げたが、私の肩に顔を埋めた彼女の表情は見えなかった。その、刹那のことだった。


 パァァァアアアンッ!


 竜の氷像が一瞬にして細かな氷の欠片になり、まるで硝子が崩れて行くように、キラキラと月光を反射しながら辺りに散らばった。


「えっ……?」


 同時に込み上げて来た嘔吐感に驚き、私は喉に絡んだそれを咳と一緒に吐き出した。イチの胸元を、赤い液体が汚した。


「何……」


 自分の腹部に灼熱を覚えて、私は視線をそこへ落とした。魔法で作られた、美しい銀の剣が刺さっていた。足元に散らばった氷の欠片の上に、ポタポタと赤い染みが落ちていく。


 するとその時、そこら中に飛び散った氷の欠片から、黒い影のようなものが吹き荒れるように溢れ出した。


「――っ!?」


 黒い影はまるで生き物のように大きく膨れ上がると、吸い込まれるように私へと向かってきた。途端に目の前が黒く塗り潰され、私はその漆黒の奥に、黒塗りの記憶を視た。


 ――君を死なせはしない。その為には、神すら地に引き摺り下ろそう。


 白装束を身に纏った美しい女性、打ち合う剣の音、燃える炎……。女性の傍らには、二人の青年がいた。


 似ている気がする……一人は紅に、もう一人はイチに。


 ――心配無い。神の力は手に入れた。


 紅に似た青年は、そう言って笑った。澄んだ黒い眼の下にある泣きボクロが印象的だった。


 ――理など、俺達で捻じ曲げてやればいい。


 イチに似た青年は、挑戦的に口の端を上げた。そして彼の笑みは、目の前にいるイチの顔に一瞬だけ浮かんだ、泣き笑いのような歪んだ表情と重なった。


「イチ……?」


 底冷えするような寒気が襲ってきた。血を纏いながら引き抜かれた剣に、私はようやく、何が起きたのかを少しだけ理解した。イチが私を刺したのだ。


「何で……?」


 声を絞り出すようにして、問いを投げかけた。脱力しきった膝には力が入らず、それでも必死の思いで震える手をイチへと伸ばし、答えを求めた。


「君は何も知らなくていい。ゆっくり眠るといいよ」


 イチは優しい声でそう言った。


 冷たい床に倒れ込み、遠のいていく意識と思考に、視界が閉ざされ始めた。魔法を使おうと思ってはみたものの、もう指の一本すら動かなかった。


「イ……チ……」


 見上げようとしたイチの姿が、黒い。……彼女の全身から、まるで陽炎のように黒い靄が立ち上っていた。


 そう感じた、次の瞬間だった。


「カナタ!」


 紅の鋭い声にハッと我に返り、消えかけた視界が一気に開けた。紅の手が私の腕を掴み、私を力強く後ろへと引いた。


「――っ!?」


 ギィンッ!


 風花の刀が、イチの剣を弾き返した。


「今、な……に……?」


 呆然とする私を守るように、紅が私を背中に庇った。


「殺気にやられたか。無事で良かった」


「殺気?」


「大丈夫。イチに殺されたような気がしただけだ。時が過ぎたように感じたなら、幻だ」


「幻……」


 紅からイチに視線を向けると、彼女は風花と対峙しながら薄く笑っていた。

「どういうことかしら、イチ?」


 風花はシャンッと軽やかな音を立てて刀を一振りすると、イチに向けてそれを構えた。


 イチは首を傾げると、魔法で生み出した銀の剣を、手元でクルリと弄んだ。


「おかしいなぁ……今のは絶対ヤったと思ったんだけど。紅ってば、何で間に合っちゃうかなぁ」


 苦笑を織り込んだような口調でそう言ったイチは、わざと格好付けるように、剣の切っ先を風花に向けた。


「ちょっとそこを退いてくれるかな? 邪魔するなら、殺しちゃうよ?」


「上等ね。やってみなさい」


 イチはニヤッと不敵な笑みを浮かべると、これまでに無く俊敏な踏み込みで、一気に風花との間合いを詰めた。


「さよなら、だね」


 振り上げられたイチの剣に、風花の刀は間に合わない。


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