一・銃士と剣士と魔法使い 7
「昔の君なら、有り得ないでしょ。私は君のそういうところが嫌いだったの。卑屈で自信が無くて、自分の存在が周りに迷惑をかけると思ってる。そりゃぁ、確かにシオウ様は君を拾ったせいで左遷されたよ? でも、君はそれを覆す努力をしなかった。『シオウ様の見立ては間違っていない、自分は誰よりも役に立つ』。……そんな風になろうなんて、全然思っていなかったでしょう?」
「努力……」
誰よりも鍛錬は積んだと思う。しかし状況を変えようとすることについては、その機会を探そうとすらしなかった。
「そうだね……ごめん、イチ」
「謝ることない。カナタはこの一年で変わったし――私もあの時、君を殺しにかかったのはやりすぎたと思ってる。私の方こそごめんね」
イチはそう言って、悪戯っぽく肩を竦めた。
私は何だかほっと安心して、熱いお茶をそっと啜った。
と、そこで私はふと、一年前の彼女の落とし物のことを思い出した。確か、まだ鞄に入れていたはずだ。いい加減に返さなければなるまい。
「あ、イチ……」
しかし私がその続きを口にするよりも早く、イチが大きく背伸びをして欠伸をした。
「うぅーん? 恥ずかしいこと言ったせいかな。何だか眠くなっちゃった。カナタ、先に火の番お願いしてもいい?」
許可を求めつつ、イチは既に体を横にしている。私は苦笑して、頷いた。
「いいよ。おやすみ」
「おやすみー」
まぁ、どうせ一年も返しそびれてきた――というか今まで忘れていた物だし、返すのは今日じゃなくてもいいだろう。
炎の中に小枝を投げ込みながら、私は小さく息を吐いた。
この僅か一年の間に私が昔と変わったのなら、それはイチのおかげなのかもしれない。四六時中彼女と一緒に過ごして、他愛もない話を繰り返しながら、旅をしてきたから――。私を助けてくれたシオウ様でさえ、イチの言う「卑屈で自信のない」私を変えることはできなかったのだから。
何だかとても変な感じだ。心がふわふわする。
「あれ……?」
凄く、眠い……。
火の番をしなければならないのに――そんな風に抗う意思があったのはほんの一瞬で、私はあっという間に眠りの世界へ転がり落ちて行った。
……パキンッ。
夢の中で、何かが割れる音を聞いた。
何だろう?
まぁ、いいか。
「――……タ、カナタ!」
誰かに揺り起こされて、私はハッとして目を醒ました。
「ごめん! 火は――」
「いいから早く立て!」
乱暴に私の腕を掴んだのは、ロイヒテンだった。慌てて辺りを見回すと、ゴウゴウと燃え盛る炎が、夜闇を真っ赤に照らしている。吹き荒れる風が熱を孕み、今にも肌を焦がさんばかりの勢いだ。
「何、これ……」
呆然と呟いた私の手を、ロイヒテンが乱暴に引いた。
「〈トランスパレント〉を発動させていた宝具がぶっ壊れたんだ。アイスビーツにかかっていた魔法が解けて、妹に見つかっ
た。早く逃げるぞ!」
「イチは!?」
「知るかよ! 俺が起きた時にはいなかったぞ!」
「そんな……!」
「とにかく走れ! 火に囲まれたら終わりだ!」
私は慌てて鞄を掴み、イチの姿が見えないことに後ろ髪を引かれながらも、ロイヒテンに促されるまま走り出した。炎は草原を舐めるように広がっていき、私達の逃げ場をじわじわと奪っていく。
「くそっ」
不意にロイヒテンが足を止め、ショットガンを構えた。前方に、こちらを見つめてゆらゆらと揺れているシャドウ達の姿がある。
「食らえっ!」
轟音と共に銃口が火を噴き、シャドウがバタリとその場に倒れた。私は短剣を抜き、シャドウの群に向かって疾走した。すると手前にいるシャドウの腹部が突然青く輝いて、何かが勢いよく飛び出してきた。
「ロイヒテン!」
「なめるな!」
跳躍してそれを回避した私はロイヒテンを振り返ったが、彼は驚くべきことに、撃ち放った銃弾でそれを叩き落とした。キィンッと甲高い音が響いて、先端の潰れた大きな銀色の針が地面に転がった。
「俺の心配はいい。集中しろ!」
格好付けて、また撃たないでね?
言おうと思ったが、やめておいた。私は着地と同時に大きく右足を踏み出し、体を捻って半回転させながらシャドウに斬り付けた。黒い靄を噴きながら霞むように消えていくシャドウの向こうから、更に別のシャドウが飛びかかってくる。私が剣を振るうよりも早く銃声が響き、シャドウは私に触れることなく消滅した。
シャドウを蹴散らしながら、私は胸に抱いた疑問に目を細めた。ロイヒテンの銃撃はあまりに正確で、とても私を誤って撃つような腕とは思えなかったのだ。
さっきの……急に眠くなったのって。
私は炎に紛れて斬り付けてきたシャドウの懐に潜り込み、両手の短剣をシャドウの胸に突き立てた。噴き上がる靄を浴びて身を翻し、私はロイヒテンに短剣の切っ先を向けた。
「やっぱりわざと撃ったの?」
「何?」
ロイヒテンは僅かに眉間に皺を寄せ、不遜な態度を見せた。
「どういうつもりだ、その剣は」
「答えて」
広がる炎がジリジリと迫ってくる。私はロイヒテンを強く睨んだ。
「……イチをどうしたの」