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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
七章・竜と真実
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七・竜と真実 1

 じわじわと燃え広がる炎で緋色に染まった廊下を駆け抜け、飛び込んだ先で、蝶は場違いなほどに美しく舞い踊っていた。


「嘆きの声よ、集いて冷たき剣となれ――」


 倒れた書棚と炎の海を宙返りで飛び越え、イチは広げた両手で頭上に魔法陣を描いた。たちまち青い光が魔法陣から溢れ、彼女を取り囲むように十三本の氷の剣が揃った。


「〈アイス〉!」


 その腕前に嫉妬するのもおこがましいような鋭さと美しさで、十三本の剣は漆黒の竜に襲い掛かった。私の短剣ではかすり傷一つ付けられなかった竜の身体に次々と氷の刃が突き刺さり、竜は苦しそうに身を捩った。魔法が解けて氷の剣が弾け消えると、今度は別方向から放たれた巨大な炎が、津波の如く竜を呑み込んだ。紅と風花が、竜の扱う炎を弾き返したようだ。


「ビーンストック・ショット!」


 連続して打ち出された金色の銃弾が、炎の中で咆哮を上げた竜の片目を貫いた。しかし大きく怯んだ竜の姿に、当の功績者であるロイヒテンは、いつものように得意気な表情も仕草も見せず、ただ眉間に皺を寄せて竜を見つめていた。


 私に気付いたイチが、私を見て艶やかに微笑んだ。彼女の描いた青い魔法陣が、一際強い光を放った。


「虚に住まう者達よ、非情なる吐息で生命の刻を止めよ――」


 聞いたことのない呪文だった。ただ、とてつもなく大きな力が動いたのはわかった。


「〈ゲフリーレン〉!」


 刹那、周囲の体感温度が一気に下がった。一拍遅れて、金属を弾いたような甲高い音が鳴り響いた。そうかと思えば辺り一面が真っ白に染め上げられ、ギシギシと軋むような音を立てながら、その一瞬の変化を終息させていった。


「う、わ……」


 白い煙を纏っている巨大な氷塊の中に、動きを止めた竜が閉じ込められていた。一緒に凍り付いている周囲の床や壁がキシキシと音を立て、極寒の空気が痛いほどに肌を刺した。その氷塊の傍に立ちながら、イチは静かに長い息を吐いた。


 ロイヒテンは感心したように短い口笛を吹き、ショットガンを背中のホルダーへ戻した。


「さすがイチだな。……紅、お嬢さん、大丈夫か?」


 ロイヒテンは足元の氷に足を取られないようバランスを取り

ながら、紅と風花のもとへ駆け寄った。紅は青白い顔で壁伝いに座り込み、肩で息をしていた。


「私には二粒で怒ってたくせに、四粒も飲むなんて何考えてるわけ!?」


 風花は厳しい表情で紅を怒鳴り付けながら、彼の手首を取って顔を歪めた。


「脈拍ぶっ飛びすぎ! 心臓破裂して死ぬとこよ!? ほら、これ飲んで!」


 紅は小刻みに身体を震わせながら苦笑すると、風花に促されるまま、口の中に押し込まれた錠剤を飲み込んだ。


「護衛役がお嬢さんに介抱されてるんじゃ世話無いぞ、紅」


 茶化すようにそう言ったロイヒテンに、紅は薄く笑って目を閉じた。


「うへぇ、悪くないって顔してんじゃねーよ。超弩級のマゾヒストめ」


「何の話よバカヒテン。無駄口叩いてないで、手当てを手伝いなさい」


「だから俺はロイ――」


 言いかけたロイヒテンの視線がふとこちらに向き、彼と目が合った。途端にロイヒテンは僅かに目を見開き、言葉を紡ぎかけた口を困ったように噤んでから、改めて口を開いた。


「よぉ、カナタ。あんたが来る前に、全部片付いちまったぜ」


「あ……」


 気のせいだろうか。ロイヒテンだけに限らず風花までもが、なぜか気まずそうな様子でたじろいでから、作ったような笑みを顔面に張り付けた。


「カナタ、怪我は無い?」


 不審に思いながらも私は頷いて、彼らの方へ一歩、近付こうとした。


 ピシッ……!


 不穏な音が氷塊から聞こえ、私は顔を上げた。氷の中で、片方しかない竜の眼球がぐるりとこちらを睨んだ。


「イチ! 危ない!」


 氷塊の傍にいたイチが、弾かれたように竜を見上げた。同時に氷塊が轟音を立てて砕け散り、巨大な黒い竜の尾が、人形のようにイチを撥ね飛ばした。声の一つも上げぬまま、彼女は壁に叩き付けられて崩れ落ちた。


「イチ!」


 叫んだロイヒテンが、さっと私の前に躍り出た。竜は私を見下ろし、鋭い爪を振り上げた。


「ふん、この俺が眼中に無いなんて失礼な奴め。さっきあんたの片目を潰したのは誰だと思ってるんだ?」


 ロイヒテンは言いながら魔法陣を素早く描き上げ、竜に向けて魔法を打ち放った。


「嘆きの声よ、集いて冷たき剣となれ――〈アイス〉!」


 呪文とともに、特大サイズの氷の槍が唸りを上げて竜の腕へと突き刺さった。しかし竜はほんの僅かも怯むことなく、腕を〈アイス〉に貫かれたまま、勢いよく爪を振り下ろした。


「――くそっ!」


 突如くるりと踵を返したロイヒテンの手が、私を突き飛ばした。


「ロイヒテンっ!?」


 肉の潰れる音。骨の砕ける音。言葉を形容することも許されなかった微かな苦鳴。


 赤い血が一瞬で目の前を過ぎり、血塗れになった彼の身体は、凍り付いた書棚の傍に転がった。


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