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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
六章・王女と虚実
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六・王女と虚実 10

   *   *   *


 エレオノーラ。


 竜が言葉を発したのは、その一言だけだった。そしてその竜の声を聞いたのは、恐らく私だけだった。


 恐らくというのは、竜の言葉に対して紅が無反応だったことに加えて、彼にそのことを尋ねる余裕が全く無かったからだ。


「紅っ、もういいよ! 下がって!」


「……――げほっ」


 咳込んだ紅の口から、真っ赤な血が零れてきた。それはボタボタと重い水音を立てて床に散らばり、彼は肩で息をしながら、目の前の巨大な敵を睨んだ。どう見たって身体はズタズタなのに、見開いた眼光に敗北の色は無い。


 その竜は――最初に感じた通り、本当にお伽噺に出てくるような竜だった。巨大な爪と牙を持ち、青く燃える炎を放ちながら、身が竦むほどの存在感と威圧感で恐怖を撒き散らす。そして竜は姫でも何でもない私を執拗に狙い、しかし紅はなぜか、その私を庇うように前に出てくれていた。


「紅、下がって!」


「そうはいくか。あいつは貴方を狙っているらしい。……貴方が本当に竜を倒す力を持っているなら、死なせるわけにはいかない。貴方を無事にここから逃がすことが、今の俺の役目だ」


 紅は言うと、ポケットに手を突っ込んで丸薬を取り出した。風花がハウィンと対峙した時に飲んでいたものと同じ物――それも、もう三粒目だ。


「紅!」


「あの竜の爪、貴女の身体では一撃であの世行きだ。間違っても前に出るな」


 紅の前に私が氷の魔法を放ち、それで防ぎ切れない炎を、紅が竜殺しの力で跳ね返す。寸でのところで、それを繰り返すのが精一杯だった。……竜は跳ね返した炎によっていくらか怯む様子こそ見せるが、特に大きなダメージを受けることはないようで、攻撃の手は止まない。対して紅は、竜殺しの力を使い続けていることによる疲弊が大きいのか、先刻避け切れなかった爪の一撃をまともに食らい、引き裂けた傷口から血を溢れさせている。


「……カナタ、俺が竜の気を引く。その間に逃げろ」


「でも……!」


「ここまで使わずに溜め込んだ炎がある。それを一気に放つから、その隙に外へ走れ。何なら魔法で壁を壊して逃げてもいい。とにかくこの場を離れろ」


「だけど、私に竜を倒す力があるなら……!」


「今その力を使えないなら、意味が無い。それに何か必要なきっかけがあるなら、少なくとも俺じゃない。……可能性があるとすればイチだ。イチのところへ行け」


「イチ……?」


 シオウ様じゃなくて?


 ――私を受け入れてくれるだけでいい。眠っている君の力を解放する為の鍵が、私の中に用意してある。


 シオウ様に言われた言葉が過ぎったが、彼を受け入れるということがどういうことなのか、さっぱり見当もつかない。彼に会いたいと願うだけでは、駄目なのだろうか。


「イチなら何か知っているかもしれない」


 紅は言うと、両手にキラキラと光る細かい硝子片のようなものを握った。確か町で買い物した時に、紅が珍しくニヤニヤしながら買っていた物だ。


「それって……」


「炎琥珀の欠片。爆弾みたいなものさ。仕入れ立てのとっておきだ」


 血の雫を落とす彼の身体を青白い炎が包み、その炎を纏いながら、彼は不敵に笑った。


「竜殺しが竜に膝を折ることは無い。この紅正義の力、思い知らせてやろう」


「紅……」


「合図したら行け。巻き込まれるなよ」


 青い炎が勢いを増し、紅の手の中で、ガラス片が赤く輝いた。


「走れ!」


 紅が叫ぶと同時に辺りがカッと青白く照らされ、紅を包む炎が渦を巻いて竜へ襲い掛かった。同時に辺りで爆音が弾け、吹き飛んだ書棚から本や資料が燃えながら舞い散った。炎の灼熱に撒かれ、私はそこから逃れる為に出口へと走るしかなかった。


「紅っ!」


 途中振り返ったが彼の姿は青い炎に呑まれて見えず、同様に巨大な竜の姿も、炎の中に捉えることはできなかった。


「……!」


 私は振り切るように館内を飛び出し、月明かりの下を走った。間もなく町があの爆音に目を醒まし、人々の不安と悲鳴が、炎と共に空を焦がすのだろう。


「紅……」


 入口で眠り続けている二人の守衛の脇を通り抜けるのは、簡単だった。ただ、未だ竜と対峙している紅の存在はなぜか私の後ろ髪を引いた。


 彼が私自身を庇ってくれていたわけではないことは、間違いない。彼は私にあんなことを言っておきながら、私が竜に狙われていると知るなり、驚くほどの早さで手のひらを返した。


「心配することない……」


 どうでも、いい人。


「…………」


 本当に?


 ――これは……思った以上にまずそうだ。


 館内に入った時、紅が呟いていた言葉を思い出した。


 ――昼間、貴女をほだすのは大層容易かったが?


 本当はあの言葉が嘘で、何かあった時に、私が彼を見捨てて逃げるように仕向けた……?


 わからない。こういうのは、とても苦手だ。


 ただ、あの竜に短剣の刃など届くわけがないし、私の魔法だってあまりに非力だった。私があの竜を倒す術を持ち合わせているとは思えない。


 辺りの家々にはちらほらと明かりが灯り、爆音に驚いた家人が、窓や玄関から外の様子を窺い始めた。


「うっ……」


 竜と直接対峙していた緊張が解けたのか、唐突に猛烈な吐き気が襲ってきた。道端に胃の内容物を吐き出しながら、私はガンガンと響くように痛む頭に、固く目を瞑った。


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