表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜堕トシ  作者: 真城 成斗
六章・王女と虚実
71/99

六・王女と虚実 7

「…………」


 ……あまりにもご都合主義な考えなのは、わかっている。でも賭けるしかない。


「レルゴ・テイラーが死んだ時の情報を、もう少し集めてみよう。俺は他紙を探してくる」


 そう言って、紅は私を残して別の書棚へと向かった。私は胸の奥に何かがつかえたような重圧感を覚え、下を向いて、彼の足音が遠のいていくのを聞いていた。


「シオウ様……」


 縋るように呟いて、唇を噛んだ。あの地獄から助けてもらっただけでは飽き足らず、私はまだ彼に頼ろうと言うのか。


 シオウ様が「世界を変える」為に私を助けたのなら、私は強くなければいけないのだから。


 その時、ふと先刻紅が食い入るように見ていた記事のことが気になって、私は紅が見ていたファイルを手に取り、その辺りを捲ってみた。


「あ」


 それらしき記事は、すぐに見つかった。記者の訪れた名も無き村が賊に襲われて滅んでいたという内容の、小さな記事だった。その文面の隣には、「村人が着用していたと思われる民族衣装」と銘打って、風花の着ているような着物の写真が載せられていた。文面には、村の水源に毒が流されたらしい旨も記されていた。


 竜殺しの一族の村のことだろうか……記事は、更にこう続いていた。


 ――実は私がこの村を訪れるのは二度目である。まだ新聞記者になる前の事だ。己の見聞を広めようと各地を旅していた際、私はこの村で一人の男に出会った。彼は、先日孫が産まれたばかりなのだと言っていた。私がそれを祝おうと彼に酒を贈ると、彼は私にもその酒を勧め、空が白むまで二人で語り合った。共に過ごしたのはたった一夜であったが、私達は紛れも無く友であった。その時、彼は一つの叶わぬ恋の詩を私に教えてくれた。彼自身の思いなのか、なぜ彼がその時私にそれを語ったのかはわからない。しかし詩に出てくるその相手の名を聞けば、確かにどんなに恋焦がれても届かないであろう女性の名であった。彼女は王妃だったのだ。荒らされた彼らの品々の中に、私はその詩を見つけた。私が記者となった今、再びその詩に出会ったのは、果たして唯の偶然だろうか。懐かしい彼の姿を瞼に思い浮かべながら、その詩をここに記しておこうと思う。


「やっぱりこれ、竜殺しの一族の村のことだ……」


 呟いて、私は綴られた詩に目を通した。


 

  一目見て 魅入られ射られし我が命

  蜻蛉の如く儚くも 愛しき無二を守りけり

  紅纏いし剣桜花 理破りて黒く染む

  仄暗く霞む深淵に堕ち 朝露の光を珠に捧ぐ



 これは……一目惚れだったのだろうか。それも、自らの命を射られたと感じるほどの。しかし王妃に恋をしたというには、続く言葉がいささか物騒だ。〝蜻蛉の如く儚くも〟の部分が叶わぬ恋の儚さ、彼が王妃と釣り合う人間ではないことを表しているのだとして、なぜ彼が王妃を守らなければならない状況になっているのだろう。


「紅……」


 剣は戦う者の象徴で、恐らく彼の事だろう。それが、何らかの理を侵して深淵へと追いやられた。深淵が何を指すのかはわからないが、彼がそこへ堕ちることで珠――つまり王妃が、光のある世界にいられるようにした、ということだろうか。


 どうしてだろう……何かが引っかかる。


「…………」


 私は息を深く吐き出して、ピタリと止めた。悪いとわかっていることをするのは、少し気が引ける。しかし小さく息を呑み、私はその記事を破り取り、手のひらに握り込んで服のポケットに押し込んだ。


「カナタ」


「っ!」


 呼ばれた声に驚いて、私は思わず身を強張らせた。私を呼んだ声は、紅のものではなかったのだ。


 私は振り向くことができないまま、薄闇の一点を凝視していた。


「カナタ」


 もう一度、名を呼ばれた。懐かしい声だった。


「シオウ様……?」


 声に出して呟いてしまった後、いやまさかと首を横に振る。こんなところでシオウ様の声が聞こえるわけがない。


「こっちだ、カナタ」


「っ!?」


 また一度、声が聞こえた。……シオウ様の声が聞こえた。


 我慢できずに振り返ると、立ち並ぶ書棚に囲まれた薄闇の向こうに、シオウ様の姿があった。短い金色の髪に、澄んだ水面のような優しい蒼の眼――。ドクンと大きく心臓が脈打ち、私は歓喜に目を見開いた。込み上げてきた涙に、彼の姿が滲んで見えた。


「シオウさ――」


 声を上げかけた私に、シオウ様は悪戯っぽく笑いながら唇の前に人差し指を立てた。


「静かに、ね」


 微笑んだシオウ様は、小さく首を傾げた。


「おいで」


 踏み出しかけて、突如頭が脈打つようにズキンと痛んだ。一瞬視界が歪み、私は近くの書棚に手を付いた。


「痛っつ……」


 胸の中の不快感が増している。吐き気だけではなく、頭痛までひどくなってきた。


 ――貴女はいかにも騙されやすいのだから。


 紅の言葉が頭を過ぎった。


「カナタ、おいで」


 彼は、優しい声で私を呼ぶ。まさか紅の言葉が警告代わりになるとは思わなかった。


 私は舞い上がった気持ちと胸の中に膨らんだ喜びを抑え、大きく息を吐いた。今は冷静にならなくてはならない。


「……貴方は誰? シオウ様は死んだわ」


 強い口調で言うと、彼は少し驚いたように目を見開いた後、口元を綻ばせた。


「強くなったね、カナタ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ