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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
六章・王女と虚実
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六・王女と虚実 6

「裏オークションで少女拷問虐殺? それが昼間の男か。……よくもまぁ、生き残ったな」


 新聞で公開されるにはあまりにショッキングな写真と見出しを見て、紅が唸るように呟いた。


「運が良かっただけ。……多分私に、竜を倒す力があったから」


 推測に過ぎないながらも、私は力強く言い切った。その続きを話そうと紅を見上げると、彼は黙ったまま、目で私を促した。


「この事件で摘発された人達の中には、フレッドに限らず、この町の権力者もたくさんいたの。私をこうしたのは、当時の市長だった」


 私は言いながら、記事を指差した。フレッドやあのオークションに出入りしていた者の顔写真と名前、そして輝かしい経歴がズラリと並べられた上で、行き過ぎた加虐趣味を持つ異常者としての烙印が押されていた。


「シオウ様は新聞社を動かしてセントラルタウンの市長を失脚させ、他にも多くの権力者をそこへ巻き込んだ。二人は『世界を変える』って話してた。だけど私は、この失脚したはずの市長が、豪華な馬車でお城から出てくるのを見たの。つまり……少なくとも世間は、何も変わらなかった」


「世界を変える、ねぇ。だがこの後、レルゴは死んだ。……殺されたのか?」


「わからない。でも、恨みを買って殺されたのが一番有力なところだと思う。レルゴさん、裏オークションのことを世間に公開することで、自分が殺されるみたいなことも言ってた。だからシオウ様は、自分の部下をレルゴさんの護衛に付けたの」


「シオウはどうなったんだ?」


「私を保護してくれたけど……シオウ様は私に奴隷としての価値じゃなく、人としての価値を与えてくれた。そのせいで逆風を浴びて、憲兵隊から外されて僻地の砦に飛ばされてしまった。その後のことは……多分メイヴスの儀式で殺されたっていうのは、話したよね」


「あの事件程度では、世界など到底変えられない。そんなことは幼子でもわかる。――それならそうまでしてしたかったことは、一体何だったのか、と」


 話ながらも私と紅の手は動き、次々と新聞のファイルを捲った。途中、紅は不意にその手を止めて何かの記事に見入っていたようだったが、どうしたのか尋ねると、彼は「何でも無い」と首を横に振った。


 レルゴはあの騒動を起こすことで、自分が死に迫られることをわかっていた。それでも、やった。あの時の彼の口振りからして、シオウ様に何かを言われて焚き付けられた可能性が高い。


「もしかしたらシオウ様は、世界がこうなることをわかっていたのかもしれない」


「というと?」


「シオウ様は私が特別な力を持っていることを知っていて、それで、私を助けて匿ってくれていたのかもって思ったの。シオウ様はただ、可哀想な奴隷の少女達を救いたかったわけじゃない。彼は最初から私の元に訪れて、私一人を彼の元に置いた。そしてシオウ様はあの騒動で、奴隷制に疑問を投げかけたわけでも何でもない。確かに市長や権力者を失脚させたけど、一時のそれだけ。レルゴさんだって、市長を引き摺り下ろす程度のプランで命を懸けるようなことはしないと思うの。彼らはただ、私を生かす為に救ってくれた。――私が特別だから」


「なるほど。随分と自信満々だな?」


「だってそうじゃないと……そうじゃないと困る。私、あそこまでしてくれた二人に、何も応えられないことになってしまう」


「…………」


 やがて現れたのは、『レルゴ・テイラー死亡。馬車が崖から転落――事故か事件か。護衛官の額に銃痕』の見出しだった。私がシオウ様に保護されてから、二週間後のことだった。


「転落死か。ありがちだが――護衛官というのはシオウが派遣した護衛だよな?」


「多分。……権力者の刺客に襲われたのかな」


「そうとは限らん。ここを読んでみろ。三日後の記事だ」


 紅が示した個所に目を通すと、レルゴと護衛官の遺体を引き取った後に行われたレルゴ・テイラー社の独自の調査で、銃痕がレルゴ自身の所持していた物と一致する可能性があるとされていた。


「どういうこと……?」


「この護衛官がレルゴを裏切った可能性がある、ということだ。或いは、シオウを含めた護衛官がな」


「シオウ様がそんなこと!」


「可能性の話だ。いちいち怒るな。貴女はいかにも騙されやすいのだから、俺にとって貴女の物差しはアテにならない。シオウのことも、イチのことも」


「……っ、まだイチを侮辱する気なの!?」


 激昂して紅を睨み上げると、紅はまた最初の頃のような冷たい眼をして、小さく鼻を鳴らした。


「昼間、貴女をほだすのは大層容易かったが?」


「……!」


 私は目を見開き、紅を凝視した。イチに髪飾りを買いたいと言った私に、それを叶えてくれようとした彼は嘘偽りのものだったのか。ざわざわと身体中の毛が逆立ち、血が沸き立つように熱くなった。


 だが、それも束の間のことだった。胸の底がスゥッと冷え込んだのを感じると、私の怒りはすっかりどこかへ消え去って、私は全身の力を静かに抜いた。


 彼の言葉一つ一つに一喜一憂しても、仕方がない。彼は私の友人ですら無いし、心から歩み寄る相手でもない。ただ、互いに都合の良い間、行動を共にしているだけなのだ。


 つまりは、そういうことでしょう?


「そうだね。確かにそうかもしれない」


 私は頷いて、新聞記事を更に捲った。残った従業員数名が事故死した為、新聞社としての存続が不可能になった旨が簡潔に書かれた記事を最後に、レルゴ・テイラー社の新聞は終わっていた。


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