一・銃士と剣士と魔法使い 6
* * *
ロイヒテンの話していた通り、彼の狩った黒兎の肉は本当に美味だった。焚火で丸焼きにしただけなのに、口の中でほろほろと崩れるくらい柔らかく、脂が滴るほどジューシーで臭みも無い。
ただ肉の量が少なく、ロイヒテンの分は無かった。代わりに乾パンを渡したら、彼は少し涙目になりながらそれを齧っていた。
「ねぇ、ロイヒテンはずっとここで、その家宝とやらの力を使い続けているの?」
イチに尋ねられ、ロイヒテンは不貞腐れた顔でぶっきらぼうに頷いた。
「あぁ」
「物に〈トランスパレント〉の力が宿ってるなんて、凄すぎだわ。並大抵の家にあるとは思えないんだけど、もしかしてロイヒテンって凄い人?」
「はっ。もし俺が凄い人だったら、肉を返してくれるのか?」
「もう食べちゃったし」
「……まぁ、それが通じる程度だ」
ロイヒテンは諦めたように鼻を鳴らし、食事と一緒にイチが人数分用意してくれたお茶を啜った。
「ねぇ、ロイヒテンは何か知ってる? シャドウのこととか、魔族の暴走のこととか。私達、その異変がどうして起きたのか知りたいの」
今度は私が尋ねると、ロイヒテンは僅かに渋い顔をして、何か考え込むように眉間に皺を寄せた。しばらくそうした後、彼は探るような目を私とイチに向けた。
「〈トランスパレント〉なんて魔法が使えるくらいだし、イチは魔族だよな。どうしてあんたは理性を失っていないんだ?」
「私? ……強いから? 知らないけど」
「無事な理由がわからないってことは、あんたもいつ頭がおかしくなるかわからないってことか」
「あはは、そういうことになるわね」
イチは呑気に笑ったが、不意に表情を改めると、お返しとばかりにロイヒテンの眼をじっと見つめた。
「もう一度訊くけど……ロイヒテンは妹さんのこと、どうするつもりなの? このままずっと〈トランスパレント〉を使って隠し続けるの? それとも、何か彼女が元に戻るようなアテがあるの?」
「どうもこうも、俺にはどうしようもない」
「じゃぁ、いつまでこうしてるつもり?」
「そう言われてもな」
ロイヒテンは溜め息を吐き、物憂げな表情を誤魔化すかのように、一気にお茶を飲み干した。
「とにかく、そっとしておいてくれ。これは俺達の問題だ」
アイスビーツの村人達が皆殺しにされているのに「俺達の問題だ」とは何たる言い草だろう。しかし確かに私達が口を挟むような問題でもない気がして、私はイチを窺った。イチは「ふーん」と小さく頷いて、それきり口を閉ざした。
イチと私が何も言わないのを見て取って、ロイヒテンは話題を終わらせるように毛布を自分の身体へ引き寄せた。いそいそとそれに包まって、大きな欠伸を漏らす。
「まぁ、そういうわけだから。……俺は先に寝る。ご馳走を譲ったんだから、そのくらいはいいだろ?」
既に寝る体勢になっているロイヒテンに、イチは頷いた。
「ん、いいよ。おやすみ」
「おやすみ」
ロイヒテンは目を閉じると、間もなく小さな寝息を立て始めた。
私は黙って、焚火の炎を眺めながらお茶に口を付けた。そうしながらふと思い立って、再び口を開いた。
「……そうだ、イチ」
「んー?」
座ったまま後ろに手を付いて星々を見上げながら、イチが返事をした。私は揺れる炎を見つめたまま言った。
「ありがとう」
「……へ?」
イチは少し驚いたような顔で視線を地上に戻し、私を凝視した。私はイチに顔を向け、小さく笑った。
「ロイヒテンのこと。私の為に怒ってくれて、ありがとう」
「ふぁっ!?」
イチは不意を突かれたような声を出して、目を白黒させた。私は何だか照れ臭くて、少しだけ視線を落とした。僅かの沈黙が流れた後、イチは「ぷっ」と噴き出して、声を立てて笑い出した。
「なっ、何がおかしいの!」
「あははっ、ごめんごめん。いやぁ、カナタに『ありがとう』なんて笑顔で言われるの、初めてだったから」
「そんな……それじゃ、私が普段お礼を言わない非常識な人みたいじゃない」
「そうじゃなくて。君の笑顔、可愛いねって話だよ」
炎の光に照らされながら、イチがふわりと笑った。私なんかより、イチの方がよっぽど可愛くて綺麗だ。そう思ったが、素直に口には出せなかった。
「ふふふ。……ねぇ、私、カナタのこと大嫌いだったの」
「……うん」
頷いたものの、不意に胸の中に石を落とされたような疼きを感じ、私は目を伏せた。私は傷付いた――のだろうか。
「嫌だな、そんな顔しないで」
するとイチはおどけたようにそう言って、小さく笑った。
「今は好きだよ、カナタのこと。それに、正直今日はびっくりした」
「え?」
イチはつぅと視線を動かし、ロイヒテンの方を示した。
「あいつ、言動は残念だけど所作に品があるのはわかったでしょう? 明らかに奴隷じゃないし、家宝なんて物を持ってるくらいなんだから、ほぼ間違いなく貴族よね」
確かに、ロイヒテンが奴隷でないのは間違いないだろう。容姿の美しい青年の奴隷が寵愛されているのは珍しい話ではないが、いくら見目麗しくても、あの男を囲いたい者がいるとは思えない。
イチは視線を私に戻し、ニヤッと笑った。
「そのロイヒテンに、君、今日何やった?」
「えっと……?」
「剣、突き付けたよね。『刺すよ』って」
指摘されて初めて、私は自分の行動に目を見開いた。奴隷上がりの分際で、私は貴族に何てことをしたんだろう。