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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
六章・王女と虚実
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六・王女と虚実 4

「では、手紙の準備は召使に申し付けておきます」


 シグルドは深々と頭を下げると、静かに部屋を出て行った。そうしてシグルドがいなくなるなり、風花は早速、ロイヒテンの胸倉を掴んだ。


「おぉっと」


「貴方、さっきの無茶苦茶な話、信じてるわけじゃないわよね?」


「そうだな……半分嘘で、半分本当くらいだろうな」


「本当の部分って、どこよ」


「そんなの自分で考えろ」


 ロイヒテンは呆れたように溜め息を吐くと、風花に胸倉を掴まれたまま、ニヤッと口の端を吊り上げた。


「それよりお嬢さん、あんまりアップで俺に近付いてると、俺の格好良さに惚れちまうぞ」


「貴方なんて犬も食わないわよ」


 一寸の間もなく言い返した風花は眉間に皺を寄せ、苛立ったようにロイヒテンを突き飛ばした。


「どうなってるのよ、もう!」


「俺が聞きたいよ」


 半笑いで肩を竦めたロイヒテンに、風花はギリリと歯を鳴らして低く唸った。言い返そうとしたが、よく見ればロイヒテンの眼には明らかな戸惑いと動揺が浮かんでいて、風花は苛立ちに任せて吐き出そうとした言葉を呑み込んだ。ロイヒテンは黙り込み、床の一点に視線を落とした。


 しばらくの沈黙の後、ロイヒテンが躊躇いを振り切るように口を開いた。


「……なぁ、お嬢さん」


「何よ」


「仮に王家が黒だとしても、王家に大した得は無いよな?」


 それは同意を求めるような口調と声音になっていた。風花は黙ったまま、続きを待った。


「既に国のトップにいる王家が、メイヴスの儀式によって齎される力で欲するモノが何か考えた時――他国への侵攻による領土拡大くらいしか思い付かない。しかしそうだとしたら、他国に戦争を仕掛ける前から、多数の家臣や魔族を失っていることになる。これはどうにも腑に落ちない」


「……そうね。竜がいないはずの現在でも、メイヴスの儀式によって魔力を高める行為っていうのは有効みたいだし。竜は封じられているだけっていうシグルドの説明を信じるとしたら、儀式が未だ有効な理由は、竜がまだ存在しているからってことになるけどね。まぁそっちを信じるかどうかはともかく、単に力が欲しいなら、こんな大きな事態を起こすよりも、密かにその儀式を繰り返していた方がよっぽど建設的な気がするわ」


「だよなぁ……」


 ロイヒテンは頷いて、長い息を吐いた。


「参ったな。事が済んだら、イチを嫁に貰おうと思っていたのに」


 苦笑を浮かべたロイヒテンに、風花はギョッとした顔で彼を凝視した後、首を横に振った。


「貴方、物凄くはっきりフラれた上に、きっぱりお断りされたじゃない」


「まさか、あれはイチが照れていただけだ。俺とイチなら美男美女でピッタリだし、何より女が俺に惚れない理由など無いだろう」


 当たり前のようにそう言ったロイヒテンに、風花は引き気味で尋ねた。


「貴方、鏡見たことある?」


「もちろん。毎朝イイ男が映ってる」


「でしょうね。でも鏡の中の貴方は喋らないからそう見えるだけだって、よーく覚えておいた方がいいわ」


 風花は鼻で笑ったが、すぐに溜め息を吐くと、疲れたように目を閉じた。


「……。私、イチが黒だとは思いたくない。ハウィンのことも」


「白だろうが黒だろうが、やってることの酷さは変わらん。いずれにしても、カナタは傷付くだろうな。……わかってると思うが、カナタには言うなよ? 仮に竜を倒してこの世界を救えるのがカナタだけだとしたら――イチの行為はあいつにとって裏切り以外の何物でもない。カナタの心が折れたら、何もかも終わりだ」


「わかってるわよ」


 ロイヒテンは手近の椅子に腰を下ろすと、背もたれに身体を預けて窓の外を見遣った。洒落たデザインの格子の隙間から、澄んだ青空が見えた。


「……くそったれ」


 ロイヒテンは小さく呟いた後、ぼんやりと青空を眺めたまま、息苦しいほど胸が締め付けられたのを感じた。まるで心臓に爪を立てられているかのような気分だった。先刻シグルドの前ではいつもの調子を装ってみたが、胸の中はいつになくざわめいている。ロイヒテンは顔を伏せ、自嘲気味に笑うしかなかった。


 一方で風花も、床の一点を睨んだまま眉間に深い皺を寄せ、唇を噛み締めていた。ブツリと鈍い音がして、口の中に血の味が滲んだ。何もかも、認めたくなかった。


 シグルドの話なんて、全部嘘に決まっている。


「ロイヒテン様、風花様、ペンと紙をお持ち致しました」


 部屋の外から、若い女の声が聞こえた。受け取りに出ようと重い腰を上げたロイヒテンの背に、風花は言った。


「ロイヒテン、手紙を書いたら、私にも見せてね」


「どうせシグルドに読まれるんだろうし、当たり障りのないことしか書かないぞ?」


「えぇ、構わないわ。目を通しておきたいだけ」


「ふーん」


 ロイヒテンは探るように風花を見たが、彼女は気の無い様子でフイと目を逸らし、大きく息を吐いた。その唇が噛み切られていることに気付き、ロイヒテンは一瞬表情を曇らせた後、大仰な仕草で両手を広げて見せた。


「ま、いいけど。俺の字の美しさに惚れるなよ?」


「安心して。世界が滅んでもそれは無いわ」


「っとにお嬢さんは可愛くないな。素直になれよ、子猫ちゃん?」


「誰が子猫よ! 気色悪い!」


「ま、惚れられても俺はご免だけどなー」


 顔を引き攣らせる風花にロイヒテンはへらへらと笑って、筆記具を受け取りに行った。


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