五・過去と鎖と薔薇の毒 12
「これって、紅の作るスープにも入ってるの?」
尋ねると、紅はメモを見ながら少し思案顔になった。
「知りたいか?」
「いや……だってゴキブリの卵とか見ちゃうと、妄想ばっかり膨らんじゃって飲めないというか」
「まさか。食用には向かない」
「じゃ、何に使うの」
「あれは気付け薬の材料にするんだ。猛烈な刺激臭があるからな」
「…………」
気付け薬と言えば、そういえば確かに凄い臭いだった。風花がそんなもの触ってる姿、想像したくない!
悲しい現実に頭を抱えていると、紅はおかしそうに笑って、先に立って歩き始めた。私は彼の後を追いながら、城を振り返った。
「ロイヒテンと風花、大丈夫かな」
「十中八九、大丈夫じゃないだろうな。だが、お嬢はともかくロイヒテン殿は馬鹿じゃない。上手くやってくれるさ」
「風花はともかくって」
紅の物言いに苦笑すると、彼は「長所のうちだ」と涼しい顔で肩を竦めた。
メモに従っていくつかの店を回っていると、途中で何か珍しい材料を見つけたらしい。紅が珍しくニヤニヤと頬を緩ませて、女店主に品物を示した。赤色の細かい硝子片のようなものを、量り売りしているようだ。
「何を買ったの?」
「そうだな……俺のとっておきだ」
「?」
紅は大切そうに硝子片の入った紙袋を抱え、最初に買った荷物をもう一つ私に差し出した。特に文句も無いのでそれを受け取り、私は店の中を見渡した。並んでいるのはネックレスやピアス等の装飾品の類と、その部品になるであろうビーズや宝石だ。一体何が「とっておき」なのか、はたまた、実はビーズ細工が趣味だとか――……あぁ、紅が何をカウンターに持って行ったのか、しっかり見ておけばよかった。
「あ」
ふと、カウンターの奥に置いてある小さな髪飾りが目に付いた。中心に翠の宝石を置き、細く伸ばした銀で花弁を設えた、可愛らしくもすっきりとしたデザインの髪飾りだった。
とても……イチに似合いそうだ。
「どうしたんだ、カナタ?」
思わず目を奪われていると、紅が私の視線の先を辿った。
「紅、あれ、高いかな?」
紅を見上げてこっそりと尋ねると、彼は目を細めて、髪飾りをじっと見つめた。
「欲しいのか?」
「うん。きっと、イチにぴったり」
頷くと、紅は少し考えてから、首を横に振った。
「あれは多分本物の翡翠玉だ。金貨一枚じゃどうにもならない」
言われて、私は思わず肩を落とした。
「そっか。残念」
「…………」
落ち込む私の傍らで、紅はしばらく私を見下ろしていたが、すぐにきょろきょろと店内を見回し始めた。その視線を一点に落ち着けて、彼は呟いた。
「……作るか」
「え?」
紅の視線を辿ると、そこにはイミテーションジュエルが大小様々な形と色で並んでいた。
「作るって、え?」
「何、そう難しくない。その気があるなら教えるが、どうする?」
私は目を見開き、紅を凝視した。紅は小さく笑った。
「うん……うん! 作る!」
「服を買う金は残らないが、構わないか?」
「もちろん!」
「じゃぁ、まずは物を揃えよう」
紅は言って、金属の部品やビーズの類を、次々と店の棚から選び取っていった。紅に促されて、私はイミテーションジュエルの中から、カウンターの奥にあるものとよく似た翠の宝石を選んだ。しかし揃った材料を手に、紅は僅かばかり渋い顔をした。
「駄目かな?」
「少し足が出る」
「部品は全部必要だろうし……石を小さくする?」
「いや」
紅は片方の眉を上げると、私に手を差し出した。
「予算内で交渉してみよう。店の外で待ってろ」
そう言われて私が首を傾げると、紅はやれやれと言った風に肩を竦めた。そして私の耳元に唇を寄せ、声を潜めた。
「貴女がいたら口説けない」
「……あー」
納得した私はイチから預かった金貨を紅に渡し、言われた通り店の外に出た。
人々の往来を一人で眺めていると、また言い様のない気持ち悪さと不安感がじわじわと押し寄せてきた。それでも胸の奥がもやもやするだけで、フレッドと対面した時のような戦慄は感じない。
私は荷物を抱えて、長い溜め息を吐いた。こんなに嫌な気分を抱えているのに、どうしてさっきはフレッドのことを忘れていたんだろう。
しばらくすると、店の中から紅が出てきた。彼は小さな紙包みを私に差出した。礼を言って受け取ると、髪飾り一つ分にしては、やけに中身がジャラジャラしているような気がした。手作りだとこんなものだろうか。
「安くしてもらえたの?」
「朝飯前だ」
「凄い。ありがとう」
「あぁ」
「ちなみに、どんな口説き方をしたの?」
尋ねると、紅は悪戯っぽく口の端を上げた。