一・銃士と剣士と魔法使い 5
「私達、人を探しているの。アイスビーツの村にいるっていう魔族の男――その人は魔力が弱いのに理性を保ち続けているっていう話なんだけど、何か知らない?」
「アイスビーツの村にいる魔族の男か。……見てわかったと思うが、あの村の連中は魔族の女の子が暴走したせいで全員皆殺しにされてるよ」
「魔族の女の子って、あの白いワンピースの?」
「そう。ある日突然村人を襲い始めて、今じゃ話も通じない」
ロイヒテンは言って、肩を竦めた。
「じゃぁ、ロイヒテンは村に住んでたってこと? どうしてアイスビーツのこと、知らない振りしたの?」
「それは……」
ロイヒテンは口籠り、困ったように視線を右上に逸らした。そんな彼に、私は更に畳みかける。
「ロイヒテンの髪と眼、あの子と同じ色だよね。何か関係あるの?」
「ん? あぁ……」
ロイヒテンは指先でクルクルと横髪をいじると、「別に珍しい色じゃない」と言った。それならばと、私は核心を突いた。
「私達は〈トランスパレント〉を解いて村に入ったんじゃなくて、自分達に〈トランスパレント〉をかけて村に入ったの。そこに現れたってことは、ロイヒテンも〈トランスパレント〉を使えるってことになるけど、違う? 自称人族の貴方が、どうやって〈トランスパレント〉なんて使ったの? あんな難しい魔法、魔族でも使える人は稀なのに」
「…………」
ロイヒテンは一瞬黙った後、諦めたように盛大な溜め息を吐いた。
「そうだね、そうだよね。見られちゃったのに誤魔化せるわけないよね」
「うん、そう思う」
素直に頷くと、イチがおかしそうに笑った。ロイヒテンは頬を掻いて、私に視線を戻した。
「あの子は――妹なんだ」
「妹? じゃぁロイヒテンも本当は魔族?」
「いや、妹とは父親が違うんだよ。母親が人族で、俺の父親も人族。妹の父親は魔族。俺も妹も、顔は母親に似たけど」
ということは、アイスビーツの村にいる力の弱い魔族というのは、やはりロイヒテンのことを指すのだろう。人族と魔族の違いなど、自分自身ですらわかっていない者が多いのだ。実際は人族でも、父親と妹が魔族だったなら、彼を深く知らない者にとっては、彼も魔族の一人に映ったのだろう。
「さっきカナタを撃ったのも――助太刀ってわけじゃない。本当は牽制だ」
「……は?」
ロイヒテンの告白に、さっきまで笑っていたイチのこめかみに青筋が入った。ややもすれば話も聞かないままロイヒテンを再起不能にするような気がしたので、私は彼女の服の裾をしっかりと捕まえながら、ロイヒテンに説明を求めた。
「それって、わざと撃ったってこと?」
すると、ロイヒテンは怯えた表情でブンブンと首を振った。
「いや! 違う、それは断じて違うぞ! 牽制で足元を撃とうとしたら、足に当たっちゃったんだ。当てる気はなかった。だからこそ散弾ではなくスラッグを使ったんだが……すまない」
「そう……でもスラッグって、対猛獣用の貫通弾よね? 君にはカナタが熊にでも見えるわけ?」
イチがポキポキと指を鳴らし、ロイヒテンはビクビクと後退りをする。私は溜め息を吐いて、首を横に振った。
「ロイヒテン、あくまで私の予想なんだけど――それってつまり、彼女に手を出さないで欲しいってこと?」
「そ、そういうことだ。〈トランスパレント〉を使って彼女を隔離している限り、これ以上の被害が出ることは無い。どうかそっとしておいてくれないか」
「……〈トランスパレント〉はどうやって発動させてるの?」
「俺の家に代々伝わる家宝があるんだ。誰でも簡単に〈トランスパレント〉を発動させられる夢のような道具だ。それを使って、村ごと〈トランスパレント〉で隠した。……あ、ちなみにさっき会った時に黒兎を探していたのは本当。証拠はほら、そこに」
ロイヒテンが示した方向を見ると、毛皮を血に染めて動かなくなった黒い兎が地面に転がっていた。
「ふーん。〈トランスパレント〉を発動させる力を持った家宝ねぇ」
イチは疑わしそうに呟いたが、どうやら前向きな気持ちで情報収集する気になったのか、こめかみの青筋を引っ込めた。
「それで? 〈トランスパレント〉で隔離を続けるからには、彼女を生かし続ける理由があるのよね? 家族の情? それとも何か――例えば魔族の暴走を抑える方法にアテがあるの?」
「父親が違うとは言え、可愛い妹だ。誰が好んで妹を殺したがると思う?」
「そうねぇ……」
なぜかしたり顔のロイヒテンに、イチは少し苛立ったような様子で額に手を当てた。
「でも家族の情って言うなら、父親の方はどうしたの? 魔族なら、妹さんと同じく暴走しちゃったんでしょ?」
「継父は殺したよ。さすがに二人も連れて行けない。仕方ないだろう」
ロイヒテンの答えにイチは長い息を吐くと、額に当てていた手を下ろして、私を振り返った。
「カナタ、どうする?」
「うーん。ひとまず今日はここで野営して、立て直そうか」
地平線に消える夕焼けと夜闇の両方に彩られた空を見上げながら言うと、イチはにんまりと笑ってパンと手を叩いた。彼女の視線は、少し離れたところに転がっている黒兎に向けられている。
「ここで野営するなら、カナタを撃ったお詫びに、ロイヒテンが美味しい兎肉をご馳走してくれるっていうのはどう?」
「えっ!?」
心底嫌そうな声を漏らしたロイヒテンを、イチが笑顔で睨み付けた。
「もちろん、ご馳走してくれるんでしょ?」
「いや、でもそんなに大きくない獲物だし――」
食い下がるロイヒテンに、私は止めを刺した。
「食べさせてくれなきゃ……刺すよ?」