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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
五章・過去と鎖と薔薇の毒
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五・過去と鎖と薔薇の毒 3

 遠い地平線の辺りで、キラキラと光る崩れた風景の欠片が天に上っていく。もっと遠くでは、ゾクリとするような暗闇が口を開けている。エスメロードから見た時はセントラルタウンの方だと思ったのに、いざセントラルタウンに近付いてみると、それはまだまだ遠い対岸の向こう側で起こっていることのようだった。


 だからなのだろうか。景色が崩れるという前代未聞の大事になっていながら、ここに来るまでにメイヴスのことを口にする者は誰一人としておらず、皆ただ、変わりゆく風景に戦々恐々と過ごしているばかりだった。恐らくローズガルドが、未だメイヴスの情報を伏せたままにしているせいだろう。ロイヒテンは隠していたつもりだったようだが、セントラルタウンへ向かう道中、彼がそのことにひどい苛立ちと怒りを感じていたのは、手に取るようにわかった。


 セントラルタウンに入っても、それは同じだった。これだけのことが起きていながら国家が何の動きも見せていないことを知り、ロイヒテンは城にいる王族や官僚に直接問い質すと言って譲らなかった。そこで竜殺しの族長の娘として風花も彼と共に行くことになったのだが、何しろこの二人、どこまでも相性が悪い。イチは風花ではなく紅がロイヒテンと行くことを提案したが、「今は二人きりとは言え、一族の長は私だから」と風花に却下された。いっそ紅も加えて三人で行ってはどうかと言って見たが、これはロイヒテンが「万一全ての罪を俺とお嬢さんに擦り付けるような動きがあった時に、こちらの手数は一人でも多い方がいい」と却下した。


 街を歩きながら、紅は呆れたように言った。


「なかなか呑気なものだな。一年前には魔族の暴走のせいで身内や友人同士の殺し合いもあっただろうに、もうすっかり立ち直っているのか」


「表面上だけかもよ? 風花と紅だって、一族の皆を失っているなんて、話してくれるまでわからなかったもの」


「……辛いのは自分だけではないというやつか」


「……?」


 眉を寄せて紅を見上げると、彼は首を横に振った。


「いや、何でもない。忘れてくれ」


 市場が近付いてくるにつれて辺りは賑わいを見せ、人々の往来も激しくなった。そのほとんどの人が首輪を付けた奴隷を連れていて、しかしだからと言って、その奴隷達が皆暗い顔をしているかというと、そうでもない。皆当たり前のように主に従い、彼らを助けているようだった。


 ――そう思うってことは、おまえ、愛されてなかったんだな。


 いつかのロイヒテンの言葉を思い出し、私は密かに唇を噛んだ。


「カナタ、セントラルの市場には詳しいのか?」


 そんな時不意に紅に声をかけられ、私は思わず言葉に詰まった。


 奴隷と言えど、最下層の奴隷とそうでない者の扱われ方は、雲泥の差だ。奴隷と聞いて、まずは蔑視され格下と認定される。次にその中でも、居た場所や主人次第で、奴隷は人でない者にすらなり得る。ただの格下の人間なら、こういう市場で主人の手伝いを任されるのだ。買い物の荷物持ちだとか、時には買い物自体を。


 そうでない私は、セントラルの市場になど来たことがなかった。


「あぁ、えっと」


 言葉を濁し、必死に過去の記憶を辿った。何も出てこない。


 エスメロードからここに来るまでの間でかなり態度は軟化したとはいえ――奴隷であった私を嫌う紅に、私がその中でも最下層だったことは、あまり知られたくなかった。


「ど、どうだろ。セントラルにいたのは、もう何年も前のことだから……」


 適当に誤魔化すと、紅は特に気にした様子もなく「そうか」と頷いて、前方を指差した。


「それなら、店選びは適当なところで済ませるか」


 紅の示す先には、雑貨屋があった。店先に携帯食の箱が並んでいるところを見ると、あの店で十分、旅に必要な物が揃いそうだ。


 中に入ってみると、広々とした店内にはたくさんの品物が並んでいた。


「携帯食と、水と、缶詰と――あぁ、干し肉もいるか」


 指折り数えて呟きながら、紅は必要な物を手早く揃えていく。買い物自体はこれまでの町で何度もしてきたから初めてというわけではないのに、私は紅がそうしているのを、ただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。


「主人、包帯や薬の類は置いているか?」


「あまり種類は無いが、向こうの棚に少しだけ。薬屋に行けばもっとたくさん揃っていると思うよ」


「ありがとう。ここにある必要最低限があれば十分だ」


 紅は店主に示された棚の方へ行き、医薬品をいくつか見繕って、会計に持って行った。店主の口にした額をほんの少しばかり値切って、彼は支払を済ませた。


「荷物は――」


 大きく膨らんだいくつかの買い物袋を前に、店主がチラリと私を見た。紅は首を横に振った。


「いや、俺が」


「そうかい。毎度あり」


 店主は紅に全ての袋を渡すと、快活な笑みを浮かべて私達を見送った。


「紅、私も持つ」


「大丈夫だ」


 紅はさらりとそう言ったが、ふと足を止め、訝しげに私を見た。


「何をそんなに怯えているんだ?」


「そんなこと……」


「顔もますます青白いし、宿に戻って休んだ方がいいんじゃないか?」


 淡々とそう言った紅に「大丈夫だってば」と答えて、私は黙々と歩を進めた。通りがかった広場の噴水の音が、遠い世界の音のようだった。


「ねぇ。他に買うの、何だっけ」


 紅の方は見られないまま尋ねて、返事は無かった。いつの間にか紅の足音は隣から消えていて、振り返ると、難しい顔をして立ち止まっている紅が私を見ていた。


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