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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
五章・過去と鎖と薔薇の毒
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五・過去と鎖と薔薇の毒 1

 あれから紅とロイヒテンに外の様子を聞いて、私達は耳を疑った。ロイヒテンが「景色が剥がれて欠片が空に落ちている」なんて表現をするから、その時は全く理解できなかった。


 しかし外に出てみれば、確かにセントラルタウンの方角で、結晶の欠片のようなものがキラキラ輝きながら空へと昇っているのが見えた。そしてその更に奥は、真っ暗な闇が口を開けていたのだ。


「エスメロードが潰されたことをセントラルに伝えないといけない。俺はセントラルタウンに行くが、あんた達はどうする?」


 当然一緒に来るだろう? と言わんばかりの口調と表情でそう言ったロイヒテンに、私もイチも、異論は無かった。風花だけはロイヒテンと共に行動することを少し渋ったが、竜殺しの里が滅んだ以上、メイヴスの地の者と竜殺しの一族が一緒にいた方が話が早いと紅に説得されて、最後は首を縦に振った。


 私達は風花の傷の回復を待って、エスメロードを出立した。


 ちなみにエルフリーデに仕えていたジェイクは、結局あれきり姿を見せなかった。恐らく死んだのだろうと、ロイヒテンは言った。彼はジェイクについて多くを語りたがらなかったが、私も同感だった。


 セントラルタウンはこのローズガルド王国の城下町で、この国の中心だ。北端のエスメロードからセントラルタウンまでは、馬の脚でも一週間。徒歩なら軽く半月はかかる。ただでさえ距離があるのに、私とイチがエスメロードに来た時よりもシャドウの数が一段と増えていて、旅路はなかなか進まなかった。


 途中立ち寄った町や村は、崩れゆく遠い地平線の様相とシャドウの増加に恐れ慄きながらも、だからと言ってこの異変が何なのか知る由もないまま、不安に怯えて生活しているようだった。その不安感と比例するように物価だけが上昇していて、エスメロードを出発後、途中で確保しようとした馬も買えていない。それでもどうにかこうにか、私達はセントラルタウンまで辿り着いた。


 しかし、このセントラルタウンの雰囲気がどうにも気持ち悪く、私は自分の気分が必要以上に落ち込んでいるのを自覚していた。……恐らくこの町が、私が奴隷として過ごしてきた場所だからだろう。


「――カナタ? 具合悪いの?」


 不意にイチに尋ねられ、私はハッと我に返った。目の前には、広げたサンドイッチと紅の特製スープがある。サンドイッチは現在滞在している宿屋の食事で出てきたもので、スープは紅が宿屋の厨房を借りて作ったものだ。このスープ、一体何が入っているのかよくわからないのだが、とにかく美味しい。紅はセントラルタウンに辿り着くまでの道中で何度か同じものを作ってくれたのだが、本人に中身を訊いたら意味深な表情で首を傾げ、それならと風花に訊けば「知らぬが仏」と素知らぬ顔をされた。


 そのスープのカップを手にしたまま、私はどうも呆っとしていたらしい。


「もしかして、この謎スープの中身がわかったの?」


 紅のスープはいつしか「謎スープ」と呼ばれるようになったのだが、イチが興味津々と言った様子で身を乗り出した。


「いや、スープの中身は謎のままなんだけど……」


「何だ。スープの中身に気付いて、それで固まってるのかと思った」


 視線を紅に向けながら口を尖らせたイチに、私は苦笑した。紅はニヤッと口の端を上げてサンドイッチを頬張り、その傍らで、風花とロイヒテンは玉子焼きの味は塩派か砂糖派かを言い争っている。あの二人はこのところ、いつもそんな調子で口喧嘩を繰り広げていた。


「それにしてもあの二人……卵なんて久々なんだから、美味しければどっちでもいいのにねぇ」


「全くだ」


 呆れたように溜め息を吐いたイチに、紅は大きく頷いた。


 物の流通の中枢に近付いたせいか、エスメロード付近にいた頃に比べて食べ物は手に入りやすくなり、今日の昼食は普段と比べてやや豪華だ。久々に手に入った卵を使って風花が玉子焼きを作ったのだが、「これも美味しいけど、今度は塩で作って欲しい」とリクエストしたロイヒテンに、風花が「玉子焼きは砂糖よ!」と言い返したのが喧嘩の始まりだ。きわめてどうでもいい。


「ねぇ、今日の買い出し当番、カナタと紅だったわよね? なんなら私が代わりに行くから、カナタは休んでいたら?」


「えっ、大丈夫! 全然!」


 慌ててブンブンと首を振り、私は笑みを浮かべた。


「イチは荷物番でしょ? 今日はゆっくり休んでて」


「でも……」


 躊躇うイチに、私は言った。


「セントラルタウンは……私が奴隷だった頃にいた場所なの。別に何ともないつもりなんだけど、あんまりいい思い出が無くて」


 言葉にして吐き出して、しかしどうにも、自分の中でしっくりと来ないような違和感を覚えた。とは言え、他にこの落ち込んだ気分の理由が見当たらない。


「一人でいる方が、色々思い出して息が詰まっちゃう。それより私、セントラルの町で買い物してみたかったの」


「うーん……そう?」


 イチは首を傾げると、私に握った手を差し出した。


「?」


 釣られて手を出すと、掌の上に金貨が一枚落ちた。


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