四・死者と疑惑と恋心 13
「恐らくそれは、竜殺しの一族としてではなく、ハウィンの血を引く者としては俺の方が本家だからだ」
「紅の方が本家?」
ロイヒテンは呟くと、不思議そうに首を傾げた。
「力を持つ者と集団を統べる者が、必ずしも同一であるとは限らない。一族を導く長の家柄と、それを守る紅の名を持つ者。……全くもって普通の話だろう。お嬢さんに隠すような話か? それともあのお嬢さん、使命に燃えるあまりにそれがわからないほど馬鹿なのか?」
「違う」
紅は首を横に振ると、言った。
「お嬢も、そして他の家の連中も、族長が本家だと教えられてきている。……つまりお嬢の祖父が、共に竜を倒すべくハウィンに選ばれ血を与えられた最初の一人で、彼が一族の者達に血を分け、現在一族を率いる立場にあると。しかし本当は、俺の祖父が最初にハウィンの血を得たそうだ」
「……どういうことだ?」
「さぁ?」
肩を竦めた紅に、ロイヒテンは気が抜けたようにガクッと肩を落とした。
「それだけ意味深な話をしておいて、さぁ、はないだろう」
「だが竜殺しの一族が、本当に誇り高いと言えるほどの血筋なのか、疑いたくなるような話だろう? ただでさえ竜のことや俺達のことは歴史の闇に葬られているんだ。そもそも表に出る必要が無いのに、なぜ〝表向けの替え玉〟を用意する必要がある?」
「まぁ……竜の存在を世間から伏せる意味で、その小細工は必要ないよな」
ロイヒテンは頷いた後、少し思案顔になった。
「というか、実は俺もあんた達竜殺しに関しては不思議に思っていたことがあるんだ」
「なぜ竜殺しがこの地に留まらなかったのか、だろう?」
首を傾げた紅に、ロイヒテンは頷いた。
「そう。この地には、メイヴス教徒が生かされたまま残された。メイヴス教徒と言っても末端の者ばかりで、例えば生贄を使うような儀式なんて知らない連中だけだったが――それでも万一に備えて竜殺しの一族がこの地に置かれることはなかった。それどころか、俺達ケーラー家と紅達竜殺しの一族の間に、これまで交流はあったか? いいや、そんなもの一切無い」
ロイヒテンは大仰な仕草で右手を振り払って見せた。
「メイヴス教徒だからという理由で虐殺めいたことが起こらなかったのはローズガルドが人道的であったからだとして、俺達もこの地でやってきた。実際に何の力も持たない教徒達を生かすことで、メイヴスの竜の本来の力を掻き消し、その存在を伝説や噂の類に変えようとしたのかもしれない。それはそれでいい。だが、生かされた信者の中にメイヴスの竜の本来の力を知る者が残っていた場合の措置は何も取られていなかった。彼らに対抗できる竜殺しの一族を、この近くに置かなかったのはなぜなんだろう?」
紅は考え込むように腕を組んだが、間もなく思考を放棄するかのように肩を竦めた。
「郷愁?」
「紅、あんた意外と適当なことも言うんだな」
ロイヒテンは笑ったが、すぐに表情を改めて尋ねた。
「ところで、紅はどうして自分が本家だってことを知ったんだ?」
「俺の爺様は伝染り病で死んだんだが、それにかかる直前の頃、何故かよくわからないが、突然爺様に土下座されたんだ。『ハウィンの血の大元は私の中にある。おまえには済まないことをした。私の代わりにおまえが罪を償うことになるかもしれない』と。病にかかってから爺様は隔離されて死に目にすら会えなかったから、それきり話はできなかったが」
「で、あんたはその爺さんの言う事を信じたんだな?」
「爺様と言っても四十五だ。耄碌する齢じゃない。もちろん鵜呑みにしたわけでもないがな」
するとロイヒテンはクックッとおかしそうに喉を鳴らした。
「何言ってるんだ。それを信じたから、あんたは竜殺しの誇りよりも、惚れた女を理由にしたんだろう。あいつの抱いているものが例え幻想でも、あんたはそれで良しとしたんだ。そしてもしもあんたの血に〝罪〟があるのなら、恐らくそれを隠す側として仕立て上げられたお嬢さんとは決して交わらない。だから強気に出られないんだ」
「それは……」
黙り込んだ紅に、ロイヒテンは笑いながら頷いた。
「まぁ、いいよ。俺はこれでも怒ってるんだ。俺はケーラー家
としての務めを果たさせてもらう。あんたの“理由”――風花の望みは竜の復活を阻止することだ。そうなると、俺達の向かう場所は同じだろう? 力を貸してくれ」
そう言ったロイヒテンに紅は小さく頭を垂れると、ロイヒテンと共に元来た道を戻って行った。