四・死者と疑惑と恋心 12
ロイヒテンは頭を抱え、「うーん」と唸った。
「あれは力や富に目が眩んだとか、そんなレベルの異変じゃない。ほとんど天変地異じゃないか。それこそ国家転覆、あわよくば世界征服でもする気かっての。……紅、俺はセントラルに行くが、裏切り者の汚名を着せられない為にも、できれば竜殺しの一族の後ろ盾が欲しい。族長と話をしたいんだが、里に案内してもらえないか?」
すると紅は眉を寄せて目を伏せ、首を横に振った。ロイヒテンは驚いたように目を見開いた。理由を問うような彼の視線に、紅は答えた。
「水源に毒を盛られた上で賊に襲われて、俺達の里は滅んでしまった。残ったのは俺とお嬢だけだ。全員の死体は無かったから、逃げ延びている者も何人かいると思うが、俺達も未だ会えていない。だが、お嬢の両親――族長の遺体は確認した」
「何だって!?」
ロイヒテンは愕然とした表情で紅を凝視したが、紅は黙って眉間に皺を寄せていた。
「嘘だろ、そんなことって……竜殺しの一族ってのは大層強いんだろう? このタイミングでそんな不自然な話、ほとんど誰かの陰謀じゃないか」
ロイヒテンは頭をグシャグシャと掻き毟ると、そのまましばらく頭を抱えて動きを止め、「あぁっ、クソ!」と悪態を吐きながら身体を起こした。苛立った様子でガチャガチャと音を立ててショットガンに弾を込め、大きな息を吐く。
「なぁ、紅――あんたが今もこれからも戦う理由は、一体何だ? 復讐か?」
「戦う理由? ……あんなことがあった後だ。ロイヒテン殿に言ったら、幻滅される」
「あんなこと?」
「……ご母堂様のことだ」
少し躊躇ってから答えた紅に、ロイヒテンは「あー」と間の抜けた頷きを返し、顔を歪めた。
「嘘だろ。あんたの理由、そっちなのか。俺はてっきり〝竜殺しの血にかけて〟とか、そういうのだと思った」
紅は困ったような苦笑いを浮かべ、小さく肩を竦めた。
「俺はそんなに立派じゃない。だがお嬢は、例えこの世に一人の竜殺しになったとしても、この血の誇りにかけて戦うだろう。……俺はそういう彼女の盾となり力となるべく、ここにいる」
「それ、お目付け役として小さい頃から刷り込まれた信念ってやつじゃなくて?」
「どうだろうな。もう自分でもわからない」
「はー。産まれて死ぬまで、女の為に生きるのか。……悪いが、一体あのお嬢さんのどこがいいんだ?」
「そう言うロイヒテン殿は、すっかりイチの虜になっているようだが、それは?」
「何言ってるんだ。別に虜になんかなってない。……イチは俺のせいで大怪我したんだ。責任くらい感じる」
ロイヒテンと紅はしばらく互いを牽制し合うような視線を交わしていたが、すぐにロイヒテンが気の抜けた口調で言った。
「まぁ、でも紅は母上とは違うと思うぜ。同じ括りにするなよ」
すると紅は、少し複雑そうな顔で首を横に振った。
「どうかな。……お嬢には婚約者がいるんだ。恐らく、彼は賊の襲撃から逃げ延びている」
「ほー、それはそれは」
「お嬢は俺のことなど歯牙にもかけていない。だから俺はお嬢が俺を必要とする時に、彼女の傍にいられればそれでいい。……だがもし彼女が死んだとしたら、俺はきっと狂うだろう。それこそ善悪の区別も付かなくなるほどに」
「なるほどな。……でもその婚約者、死んでるかもしれないぜ? そいつが傍にいない今なら脈アリだろ。奪えばいいじゃないか」
「その時は、きっとお嬢が狂ってしまう。彼には生きていてもらわないと困るんだ」
「何だそりゃ。あんたって、最高に不器用だな」
紅は穏やかに微笑むと、ふと真面目な表情になって、ロイヒテンを見つめた。
「ロイヒテン殿に話しておきたいことがあるんだ。お嬢も知らないことだ。貴方を信頼していいだろうか?」
するとロイヒテンはたちまち呆れ顔になり、鼻を鳴らして口の端を上げた。
「何だその質問。他人なんて迂闊に信じるものじゃないだろう」
「確かに、その通りだ」
紅は頷いたが、それで話をやめるわけでもなく、言った。
「竜殺しの一族では、紅の名を冠する者が族長の血筋に寄り添い、守り導くことになっている。一族の中でも、名が二つあるのは俺の家だけだ。俺達が竜殺しとなったのは僅か百年前で、どうやらその決まり事はメイヴスの竜が滅されてから定められたことらしい」
「紅の名……あのお嬢さんにあんたがお目付け役として付いているのは、一族の決まりなのか」
「あぁ。お嬢はそう信じている」
「……は?」
怪訝そうに眉を寄せたロイヒテンに、紅は目を伏せた。
「さっき、血の濃さの話をしただろう? 俺だけが竜の臭いを感じていると」
「お嬢さんの注意力不足じゃないかって話だろ?」
「すまない、あれは出鱈目だ」
ロイヒテンは驚いたように片方の眉を跳ね上げ、紅の次の言葉を待った。紅は躊躇うように唇を噛むと、伏せていた目を上げてロイヒテンに視線を戻した。