四・死者と疑惑と恋心 8
「ねぇ、風花……。あの時黒ずくめの男が言っていたことで、他にも気になることがあるんだけど――」
「何?」
「『まだ生き残りがいたのか』って……風花と紅以外の竜殺しの一族は、どうしたの?」
あの男はこうも言っていた――『他の者達と同じように死ぬがいい』。まるで、彼が竜殺しの一族を殺したかのような言い様だった。
すると風花はしばらくの間黙り込むと、私達から視線を外し、シーツの波を睨んだ。
「賊に襲われて、里は壊滅したわ」
「え……?」
「川に毒を流されたの。それも、薬の扱いに長けた私達が、誰一人として気付かなかったような毒をね。そうして弱ったところを、賊に襲われた。私と紅はたまたま里を出ていて、戻ったところで賊と鉢合わせしたんだけど、毒の水を飲む前だったから、助かったの」
「何でそんなこと……」
「知らないわよ。ただ、私達に気付かれないような毒を流すなんて、その辺のチンピラにできるようなことじゃない。それに私が戦った相手も、まるで訓練された兵士のように異様な強さだった。だから多勢に無勢で、結局逃げることしかできなかったの」
紅と風花が逃げることしかできないような賊だなんて、俄かには信じがたい話だ。二人の戦いぶりを見た限りでは、例え多勢に無勢でも、その辺の盗賊の集団くらいなら軽々と撃退してしまうはずだ。
「もしも川に毒を流したのがあの男なら、絶対に許せない」
風花は唸るように呟いて、私とイチに視線を戻した。
「だけど――あの男の魔法は、竜殺しの血を引く私に傷を負わせた。だから彼の話を一蹴してしまうのは、腹こそ立つけどどうかと思って……」
「源泉魔法か……。竜殺しの一族の里が滅んでいたなんて知らなかったわ」
イチは顎に手を当てて首を捻った。
「各地でメイヴスの儀式らしきものが世に伏せられる形で起こっている時に、メイヴスに対抗できる竜殺しの一族の里が滅ぶ――偶然にしては出木過ぎね」
「やっぱりそう思うわよね。こうなると、メイヴスの存在そのものが世間から隠されてしまっていたのが裏目に出るわね」
風花が言ったところで、私ははたと思い当たることがあった。しかしその予測が当たってしまったら、とんでもない話になってしまう。
「ねぇ、ローズガルドがハウィンと竜殺しの一族の力を借りてメイヴスの竜を滅ぼして、その存在は闇に葬られたんだよね? だから竜殺しの一族も、英雄なのに表舞台に立つことは無かった」
「そうね」
頷いた風花に、私は遠慮がちに言った。
「だけど、今各地で起こっている儀式のことを揉み消しているのは、多分、ローズガルドの人間だよね? それも、砦が一つ丸々壊滅しても、賊のせいで済ませられるような情報操作ができるくらいの権力を持ってる」
「その通りよ。だから私はローズガルドに裏切り者がいると踏んで、まずはこの地を調べに来たんだもの」
「それなんだけど……――実はローズガルドがメイヴスに吸収されたっていうのは、無い?」
「えっ……?」
恐らく突拍子もない私の発言に、風花が絶句して目をパチパチさせた。
しかし、そう考えれば繋がるのだ。だっておかしいではないか。国民の危機を救ったローズガルドの英雄譚を揉み消してまで歴史の闇に葬りたいような存在なら、なぜエスメロードにメイヴスのことを知る信者達を生かしたままにしたのか。口外と信仰を禁じて命だけはと助けたにしても、この土地にはメイヴス信者の子孫とそうではない者達が暮らしていた。いがみ合いが起こるのは当然なのに、その理由を外部に漏らしてはいけないなんて、いくら何でも無理がある。
それに秘密を守るなら、なぜこの土地に竜殺しの一族がいなかったのか。国を救った英雄としての名誉も投げ捨てたのに、こんなところで信者の生き残り達がメイヴスを広めてしまったら、全てが台無しだ。いくらケーラー家という守り手がいたとしても、メイヴスに対抗できる一番の戦力をエスメロードに置かないというのは、どうも納得できない。
私の考えを伝えると、風花が険しい顔で眉間に皺を寄せた。
「貴女、ローズガルドそのものがメイヴスだって言いたいの?」
「最悪の場合には」
頷いた私に、イチは腕を組んで少し怖い顔になった。
「そうなると、やっぱりロイヒテンが何かを隠してる?」
「愚鈍すぎて何も知らされていないだけかもしれないけどね」
風花は鼻で笑ったが、すぐに表情に微かな陰を浮かべ、小さく溜め息を吐いた。
「まぁ、愚鈍なのは彼か私か――わからないけど。私が一族の真実を知らないだけかもしれない」
するとイチがおどけたように両手を広げた。
「ちょっと。自信なさそうなこと言っちゃって、どうしたの? 最初の生意気っぷりはどこに行ったわけ?」
「……生意気で悪かったわね」