四・死者と疑惑と恋心 6
* * *
少し休むつもりが、気付けば朝だった。
「あ。カナタ、おはよ」
目を擦りながら身を起こすと、イチが私を振り返ってニッコリと笑った。
「イチ! もう起きて大丈夫なの!?」
驚いて声を上げると、イチは両手でガッツポーズを作って、大きく頷いた。
「ぜーんぜん大丈夫。元気元気!」
「傷は?」
「ロイヒテンのおかげかな。もう痛みもすっかり」
「そっか……よかった」
私は心底ホッとして、ベッドから足を下ろした。見回してみると、風花はまだ眠っているようだが、ロイヒテンと紅がいなかった。
「あれ……二人は?」
尋ねると、イチは私に湯気の立つカップを差し出しながら言った。私は礼を言って、それを受け取った。中身はホットミルクだった。
「ロイヒテンと紅なら、外の様子を見に行ったわ。何だかんだで、あれから四日経ったもの」
「えぇっ!?」
驚愕に目を見開き、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。何が起きてもいいつもりで眠りに就いたつもりが――いつの間にそんなに深く眠ってしまったのだろう。
落ち込んでいると、イチが笑いながら言った。
「あぁ、大丈夫大丈夫。あのね、カナタがあんまり苦しそうに魘されていたから、紅が一服盛ったらしいのよ」
何が大丈夫なのかよくわからないが、私はますます目を丸くした。
「一服盛ったって……?」
「眠り薬を吸わせたんだって」
興奮剤に気付け薬に眠り薬……。竜殺しの一族は本当に色々な道具を使うようだ。
「じゃぁ、もしかしてこの四日間、ずっとロイヒテンと紅が二人だけで……?」
「そうみたい。私も昨日起きたばかりだし、後でちゃんとお礼を言わないとね」
「うん……」
私は頷き、自分の不甲斐なさに、長い溜め息を吐いた。いくら薬を使われたとはいえ、あんなことがあったのに四日も熟睡できるなんて、私の神経はきっとどうかしている。
「それにしたって、四日も寝続けちゃったなんて」
「うーん。というか、量を間違えたんじゃない?」
「え」
「紅、そういうところあるでしょ」
確かに牢屋で裸のロイヒテンに、大事なところを隠すには何の役にも立たないベストを真面目な顔で着せていたり、妙なところで抜けているところはあった。
「風花が間違えるならわかる気がするけど……」
「あはは。まぁ、わかんないけどね。取り敢えず、息が止まらなくてよかったね」
洒落にならないことを言って、イチは小さく肩を竦めた。私はホットミルクのカップを両手で包み、俯いた。
「あの……ごめん、イチ。せっかくイチがヒントをくれたのに、儀式を止められなかった」
謝ると、イチは首を横に振った。
「うぅん。ロイヒテンから聞いたよ。時計塔に変なシャドウが現れて、それで気を失っちゃったんでしょ? おまけに変なおじさんまで。カナタのせいじゃないよ」
「変なおじさん……」
何というか、イチらしい。思わず小さく笑ってしまうと、イチは満足気に眉を上げた。
「眠り薬を使われたくなかったら、魘されるほど悩まないことね」
イチは言ったが、間も無く首を傾げ、私の肩をポンと叩いた。そしてそのまま、私を彼女の胸の中へと引き寄せた。
「カナタ、自分を責めないで」
「…………」
私は戸惑い、イチの腕の中で身を強張らせた。
「だって……私がもっと強かったら、こんなことにならなかった。そう思うと、苦しくて消えてしまいたくなる……」
「君は自分が誰かの役に立つか否かで、自分の存在価値を見出しているのかな? それなら――……そんなことないよ」
イチはそう言った後、優しく、けれど突き放すように続けた。
「って、言って欲しい?」
私は首を横に振った。
「強くなりたい。……大切な人を守れる力が欲しい。もう二度と、イチを傷付けなくていいように」
「……そっか」
イチは小さく微笑むと、穏やかに私の頭を撫でた。
「何だか照れるね。いつの間に私は、君の大切な人になったんだろう」
「……わからない」
それでも、イチが傷付いて倒れる姿を見るのは、もう嫌だ。私は言った。
「私がシオウ様に拾われた時、シオウ様に言われたの。『君は特別だ』って。もしそれが、私にだけシャドウの出てくる割れ目が見えたりすることと関係あるなら、私にできることはもっとたくさんあるはず。そうでしょう?」
「ふふ。君はまるで世界でも救うつもりみたいだね」
イチは茶化すように笑ったが、大きく頷いた。
「とはいえシオウ様の為にも、これ以上メイヴスの好きにさせるわけにはいかないよね。私もカナタと一緒に力を尽くすわ」
イチは軽くウインクして見せると、服のポケットから可愛らしい花模様の描かれた、小さな缶ケースを取り出した。