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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
四章・死者と疑惑と恋心
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四・死者と疑惑と恋心 4

 ここへ辿り着くまでにシャドウを倒しながら来たせいもあるのか、廊下にはそれほど多くのシャドウはいなかった。


「ねぇロイヒテン、さっき貴方が『父上』って呼んでいた人は誰なの? アルノルト達を襲ったクソ男と同じ格好だったみたいだけど――あの雑魚と貴方の父君が、まさか同じ服装なわけないわよね?」


 不意に、風花が言った。


「あぁ……」


 ロイヒテンは歯切れの悪い口調で応じると、小さく溜め息を吐いた。


「確かにあれは兵士長の服装だったが、あの姿は紛れも無く死んだ俺の実父――マルデールだ」


「エルド卿じゃなくて、マルデール卿? ……どういうこと?」


「俺が聞きたい」


 ロイヒテンは肩を竦めると、フイと私達から目を逸らした。


「母上はエルドを生き返らせようとしていたに違いないんだ。そんな話もしていた。それなのに――……何で今更」


 彼はぼやくように呟くと、そのまま口を閉ざしてしまった。


 一瞬でもその姿を取り戻したマルデールを迎えた、エルフリーデの眼差しと表情。あれは確かに心からの愛に溢れていて、まるで大切なものに手を伸ばし、慈しむかのようだった。


 後夫であるエルドの気を引きたいが為に母親に虐げられてきたロイヒテンとしては、複雑な気分なのだろう。混乱すらしているかもしれない。


 私も、そして風花も、何も言うことができず無言のままだった。


 ただ、いずれにしてもこれだけの犠牲を払って引き起こされた事なのだ。どんなに強い思いがあったとしても、許せることではない。


 私はグッと唇を結び、両手の短剣を強く握り締めた。


「もう少し先、右側に黒い割れ目がある。シャドウが出てきそうだから、気を付けて」


 言うと、紅が「本当に見えているのか」と言わんばかりに眉を動かした。しかし彼は静かに頷くと、前方を睨んで目を細めた。


 それから何度かの戦闘を繰り返し、何となくぎこちない雰囲気の中、私達は医務室に辿り着いた。幸いなことに医務室内は静まり返っていて、シャドウの出てくる黒い割れ目も見当たらなかった。


「ひとまずここを拠点にして休もう。出入り口は俺が見る」


 紅が言って、「そうね」と短く頷いた風花が、疲れ切ったように手近のベッドに倒れ込んだ。


「寝るわ。多分、これからしばらく熱を出して唸ることになるから――紅、あとは頼んだわよ」


「あぁ。ゆっくり休むといい。傷の手当ては勝手にしておく」


 紅が苦笑混じりに頷くと、風花は長い息を吐いて、そのまま寝息を立て始めた。


「竜殺しのお嬢さんは、随分と寝付きがいいんだな」


 イチをベッドに寝かせながら、ロイヒテンが驚き半分呆れ半分の口調で言った。しかしそうしながらも視線はイチに向かっていて、彼の右手の指先は魔法陣を描き、左手でてきぱきと彼女の身の回りを整えていた。


「失われし力に祝福の風を――〈ヒーリング〉」


 ロイヒテンが口の中で小さく呟き、金色の魔法陣に光が溢れた。私はイチの手を握り、その傍らに膝を着いた。イチの手はひんやりとしていて、爪が青紫に変色していた。


「お嬢が痛みを誤魔化して戦う為に飲んでいた薬は――一粒飲むだけでも、三日三晩寝ずにいるのと同じ体力を消耗することになる。それを二粒飲んであれだけ暴れ回ったら、寝るというより気絶に近い」


「それは……凄いな。魔法が使えないとそんなやり方になるのか」


 ロイヒテンはゾッとしたような顔で眉を寄せ、首を竦めた。紅は風花に毛布をかけながら頷いた。


「その分、恐らく魔法を使う種族と比べて、俺達の自然治癒力はかなり高い。怪我をする度、高熱に魘される羽目にはなるが」


「別に悪口じゃないが、竜殺しってのは何とも微妙な種族だな」


「……ロイヒテン殿?」


「悪口じゃないって言ってるだろ。別に侮辱したわけじゃないよ」


 ロイヒテンは慌てたようにそう言うと、「他に表現が出てこなくて」と付け足した。しかし実際のところ紅は特に怒ってなどいないようで、彼は静かに出入り口の扉の前に腰を下ろすと、腕を組んで目を閉じた。


「ところでカナタ、あんたも寝ておけよ」


 不意に言われて、私は驚いてロイヒテンを見た。


「あんたが起きてようと寝てようと、イチの状態は変わんねーよ。今のうちにしっかり休め」


「ありがとう。でも……大丈夫。ここにいる」


 ロイヒテンが私の心配をしてくれていることが俄かには信じられなかったが、どうやらそうらしい。私は彼に礼を言って、しかし首は横に振った。


「あぁ? いいから、寝ろ!」


 するとロイヒテンは治療の手を止めて私の腕を取ると、イチの眠るベッドの傍らから、私を無理矢理立たせた。


「ロイヒテン!」


「じゃぁすぐ隣のベッドにいりゃぁいいだろ。せめて身体を休めないと、あんたまで倒れるぞ」


 言われて、私は渋々隣のベッドに腰かけた。そのままイチの容体を見守ろうとしたら、ロイヒテンに睨まれた。仕方がないので、身体を横に倒した。


 私がもっと強かったら、こんなことにはならなかっただろうか……。あの時私が気絶さえしなければ、エスメロードの人達は――。


「イチ……」


「えぇい、グズグズうるさいな。あんたが気に病んだところで、空気悪くなるだけだろうが。大体そんなこと言い出したら、そもそも俺が狂った母親を放って城を出たから、こうなるまで気付けなかったってことになるじゃないか」


「…………」


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