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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
四章・死者と疑惑と恋心
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四・死者と疑惑と恋心 2

「イチ、起きて……!」


 するとイチが小さく呻き、顔を顰めながら目を開けた。


「痛ったい……というか、熱いね」


 そう言った直後、イチは苦しそうに咳込み、噴き出すような量の血をごぼりと吐き出した。


「内臓までイってるのか……」


 顔を強張らせたロイヒテンの手は、微かに震えていた。そんなロイヒテンに、イチは小さく笑った。


「ロイヒテン、君は無事?」


 掠れた声で尋ねたイチに、ロイヒテンは頷く。


「あぁ、俺は大丈夫。あんたのおかげだ……。なぁ、あんた魔法は使えそうか?」


「魔法……」


 イチは呟くと、ゆるゆると首を横に振った。


「指が動かない。魔法陣が描けないわ」


「そうか……。いや、心配するな。光魔法は俺の十八番だからな。こんな怪我なんて跡形もなく消してやる。指だって前と同じように動かせる」


「本当? それは嬉しいなぁ。こんな傷が残ったら、お嫁に行けなくなっちゃうもん」


 イチが冗談めかしたように言うと、ロイヒテンが自信ありげに頷いた。


「それも問題ない。俺が嫁にもらってやる」


「え、絶対嫌」


「何でだよ」


 ロイヒテンが心底驚いたように目を丸くすると、イチは咳込みながらおかしそうに笑った。そして私に視線を移し、僅かに首を傾げた。


「カナタ、ここは任せてもいい? 出血したせいかな。凄く眠いの」


「……そのまま目が覚めないのは無しだよ?」


「ロイヒテンの腕にかかってるけど……痛みはだいぶ和らいできたし、きっと大丈夫。後はよろしく」


 イチは言うと、安心した様子で目を閉じた。するとロイヒテンが私の右肩に手を翳し、イチと私を同時に治療し始めた。


「ロイヒテン、私よりイチを――」


「あんた、もう魔力尽きてるんだろ? ここは俺に任せてくれ。イチのことは、俺が治す」


 言いかけた私を遮って、ロイヒテンが言った。その台詞が終わる頃には、右肩の痛みはすっかり無くなっていた。


「凄い……」


 右手を動かしても、何の違和感もない。ロイヒテンに賞賛を送ると、彼はイチに両手を戻しながら、ボソリと呟いた。


「アルノルトほどじゃない」


「…………」


 咄嗟に言葉を返せず黙り込んでしまった私に、ロイヒテンは肩を竦めた。


「すまんすまん。いいから、紅達の加勢に行ってくれ」


 私は頷き、紅と風花の方を振り返った。しかし二人とも私の助けなど要らないような勢いで攻め込んでおり、善戦を繰り広げていた。特に風花の猛攻は凄まじく、赤い影が銀光を纏っているようにしか見えなかった。


 あそこに飛び込むのはかえって足を引っ張ってしまいそうだ――そう思った時、紅の拳が黒い塊にクリーンヒットし、そいつの四肢が床から離れて吹き飛んだ。


「これで終わりよ!」


 風花の刀が真ん中からそいつを切り裂き、そいつは「グエッ」という短い悲鳴を漏らして、動かなくなった。


「――っはぁ、はぁっ」


 だが風花は間もなく糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちると、肩で息をしながら荒い息を吐いた。身体は小刻みに震えていて、汗の量も尋常ではない。


「風花!?」


 駆け寄ると、紅が静かに私を制し、風花の身体を抱き起こした。


「お嬢、良く頑張った」


「うる……さい」


 紅の腕の中で風花は悪態を吐いた。紅が彼女の口元へ黒い丸薬を運ぶと、風花は顔を顰めながらそれを飲み下し、直後、大きく目を見開いた。


「紅!」


 焦燥を露わにした風花の声に、紅がハッとしたように顔を上げる。二つに切り裂かれた黒い塊が、それぞれ別の動きをしながら風花と紅へ向かっていた。立て直すには、あまりに体勢が悪い。紅は抱きかかえるように、風花に覆い被さった。


「駄目よ、紅! どきなさい!」


 風花は叫び、紅を押しのけようとした。紅は衝撃に備えるように唇を引き結び、襲い来る凶刃に微動だにしなかった。


「届いて!」


 私は強く地を蹴り、精一杯に伸ばした間合いで、右手の短剣を塊の一つに投擲した。宙を疾った刃は塊にズブリと突き刺さり、傷口から真っ黒な靄を噴き出させた。


 ガゥンッ!


 一方で火薬の爆裂音が響き、塊のもう一つは、壁まで吹っ飛ばされて動かなくなった。見れば、ロイヒテンが片手でイチの治療をしながら、もう片方の手にショットガンを持って、前屈みになりながら悶絶していた。彼の片手だけでは、ショットガンの反動に耐えきれなかったらしい。


「……! ロイヒテン殿、すまない」


 顔を上げた紅が言うと、ロイヒテンは震えながらゆるゆると顔を上げ、引き攣った笑みを浮かべた。


「超余裕だ」


 全く余裕には見えない顔の彼に、紅は僅かに頬を緩めた。紅の下から這い出した風花はほっとしたように肩の力を抜き、しかしロイヒテンに助けられたのが気に入らないのか、或いは気恥ずかしいのか、フイとそっぽを向いてしまった。


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