三・羊と孤独と魔法陣 13
「ちょっとカナタ、何を呆っとしてるのよ! 貴女も手伝いなさい!」
するとシャドウを斬り伏せながら、風花の叱責が飛んできた。
私は左手に短剣を構えたが、間も無くこちらに視線を向けた風花に、再度叱責された。
「貴女、その右肩はどうしたの!? 怪我してるなら邪魔だわ。おとなしく休んでいてくれるかしら」
「大丈夫、左腕なら使え――」
「いいから引っ込んでて」
冷たく突き放され、私は大人しく引き下がった。風花を取り囲むシャドウ達は次々に彼女へ炎や氷の刃を浴びせかけるが、風花に当たる気配は全く無い。やがて風花は面倒臭そうな舌打ちと共に、胸の前で地面と水平に刀を掲げるという、変わった構えを見せた。シャドウの放つ紫色の雷が、彼女を飲み込まんとして襲いかかってくる。
「――湖月!」
リィィィィンッ!
甲高い鈴のような音が鳴り響き、風花の刀が前方を一息に薙ぎ払った。その軌道に沿って青白い輝きが走ったかと思うと、風花に向かっていた電流は、その光に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「弾け飛びなさい!」
すると次の瞬間、風花の描いた刃の軌跡から雷が打ち放たれ、シャドウ達をあっという間に消し飛ばしていった。
「……ふぅっ」
風花は僅かに乱れた息を吐きながら、城門の中に駆け込んできた。
「何なのよ、全く。数が多いったら」
「あの……風花、さっきの何? 雷魔法の〈ブリッツ〉にしか見えなかったけど――」
困惑しながら尋ねると、風花は少し得意気に、ニヤリと口の端を上げた。
「私の隠し玉ってところかしら」
「隠し玉?」
「竜殺しは魔法が効かないだけじゃなくて、相手の持つ魔の力を弾き返すことができるの」
「魔法を弾くの!?」
「えぇ、そうよ。ただ、結構消耗するのよね。疲れるからあまり使いたくないのよ」
驚きに目を丸くするばかりの私の反応に、風花は満足気に笑った。
「じゃ、急ぎましょ」
私と風花は石造りの廊下を駆け、シャドウとの戦闘を何度か繰り返した。風花は率先して前衛を務め、物凄い勢いでシャドウを斬り伏せていった。
その一方で城の中はしんと静まり返っていて、人々はみんな黒く焼け焦げた塊と化していた。それなのに壁には煤一つ付いておらず、町を包んだ炎が、何か特殊な炎であったことは容易に伺うことができた。
「ひどい……」
シャドウとの戦闘を七回ほどやり過ごした頃。恐らく最上階へ繋がると思われる階段の踊り場で、親子らしき死体の脇を過ぎた時だった。風花の息がやけに荒く聞こえてきた。いつの間にか彼女は私よりも一歩後ろを走っていて、不審に思って振り返ると、風花の額には脂汗が滲んでいた。
「風花!?」
「大丈夫……何でもないわ」
明らかに強がりとわかるくらい辛そうな表情で、風花は言った。痛みがあるのか、右足を引き摺り始めている。
「風花!」
私は階段を上る足を止め、声を荒げた。風花は渋々と言った様子で立ち止まったが、間も無くその場に膝をついて座り込んでしまった。
「あぁ、もう……こんなに効き目、短かったかしら」
風花は荒い息を吐きながら苦々しい顔で呟くと、私を見上げた。
「先に行って。少し休んでから追いかけるわ」
「でも……」
「さっきの薬、まだ残ってる。いざとなったらそれで乗り切るわ」
躊躇う私に、風花は口の端を上げた。
「欲張って二つは選べないのよ? 何の為に私が貴女に体力温存させたと思ってるの?」
「…………」
私は少しの間迷ったが、すぐに首を横に振った。
「置いていけない。イチなら、きっと大丈夫」
「あら、随分な自信ね」
「だってイチ、自分で敵地に飛び込んだんだもん。イチの魔法なら、例えロイヒテンを人質に取られていたとしても、呪文一つで兵士達をみんな吹っ飛ばすことくらい簡単だったはずよ」
「そうかしら? ……魔法を過信しすぎじゃない?」
風花は眉を寄せたが、私は笑って見せた。
「イチ、いつも私にシャドウとの戦闘を押し付けるの。こんな時くらい、全力で働いてくれたっていいでしょう?」
言いながらも、本当は頭の中で「もしかしたら」を想像して、怖かった。しかし風花の足は最早血塗れで、とても一人で無理をさせられるような状態ではない。
「そう……。有り難いけど、何かあっても私を恨まないでね」
「わかってる」
私は風花の右側に回り、彼女に肩を貸しながら立ち上がった。
「悪いわね。かえって貴女の足を引っ張ることになったわ」
「ううん。おかげで私もだいぶ休めた」
私達は進むペースを落とし、風花の足を庇いながら階上へと進んだ。