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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
三章・羊と孤独と魔法陣
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三・羊と孤独と魔法陣 10

 風花の刀が銀色に閃いたかと思うと、彼女は瞬速でハウィンとの距離を詰めた。翻った刃の軌道は恐ろしいほどに速く鋭く、ハウィンの胴を薙いだ。


「えっ……!?」


 しかし、ハウィンの身体から血が溢れることはなかった。刃が斬り裂いた部位は霞のようにぼんやりと滲んで、間も無く何事もなかったかのように元に戻った。


「……おまえに私を滅することはできない。竜殺しの娘よ、命が惜しくば静かに竜を見守るがいい」


「悪いけど、こちとら竜殺しの誇りを捨ててまで命が惜しいと思うようにはできてないのよね」


「そうか。……ならば他の者達と同じように死ぬがいい」


 ハウィンは淡々とそう言って、もう一度風花に手を翳した。


「風花!」


 私は咄嗟に、風花を押し倒すような形で二人の間に割って入った。一瞬の後、今まで風花のいた場所が真っ赤に焼け付き、空気が炎を上げて空へと舞い上がった。その熱に堪らず目元を手で覆い、気付いた時には、ハウィンの姿はその場から消えていた。同時に私達を包んでいた球体も消えて、不思議なことに、町を赤く燃やしていた炎もあっという間に鎮静化していった。


「風花、大丈夫?」


「……えぇ。貴女は?」


「平気」


 私は頷いて、風花の上から身を起こした。


「ハウィンって、メイヴスを倒したっていう英雄の名前だよね?」


「えぇ。……何なの、あいつ。私に魔法は効かないはずなのに」


 風花は呟いて、顔を顰めながら自分の右足を引き寄せた。風花の足先はひどい火傷になっていて、爛れた皮膚が溶けて血に染まっていた。


「風花!?」


「どうってことない。大丈夫よ」


「大丈夫なわけないよ! 早く冷やさないと……!」


「こんなところに冷やす物なんてあるわけないでしょ、魔法が効くならともかくね」


 慌てる私に風花は笑って、懐から取り出した丸薬を口に放り込んだ。


「ひとまずこれで痛みは大丈夫。急ぎましょう」


「でも……」


 躊躇したその時、風花の背後で突如空間がバックリと割れ、そこから真っ暗な闇が噴き出してきた。


「何……!?」


 目を見開いた私の前で、割れた空間の中から黒い影が飛び出してきた。


「危ない!」


 私は短剣を抜いて地を蹴った。しかしほぼ同時に風花が刀を抜きながら立ち上がり、振り向き様に振り下ろした。銀光が閃き、飛び出してきた影は真っ二つに割れて消えていった。


「……どうしてシャドウが町中に?」


 いくら竜殺しの薬とはいえそんなに即効性があるわけでもないだろうに、風花は足の火傷を気にした様子もなく、刀を鞘に収めながら眉を寄せた。だがそうしている間にも、空間の割れ目からはシャドウの腕が伸び出してきている。風花の目の前にあるのに、見えていないのだろうか。


「風花、下がって!」


 声を上げると、風花は驚いた様子で後方へ跳躍した。右足を庇いながら左足だけで器用に着地した彼女は、現れたシャドウを見て、ギョッとしたように目を見開いた。割れ目の奥には、たくさんのシャドウの目が爛々と輝いていた。


「何こいつ!? どこから!?」


「その割れ目から! ……見えてないの!?」


「いきなり現れたようにしか見えないけど」


「まだたくさん潜んでる。多分、倒してもキリが無い!」


「そう。……じゃぁ、ここは退いた方がいいわね。カナタ、エスメロード城へ行って、イチ達と合流するわよ! もし生きていれば、紅も城に向かうはずだわ」


「わかった」


 私は頷いて、ぐるりと周囲に視線を巡らせた。


「燃えてない……何で?」


 おかしなことに、あれだけ強烈な火柱と黒煙が上がったはずの町は、平然とした様子で、元のままの姿を連ねていた。民家にも街路にも、焦げ跡一つ見当たらない。


「妙な話だけど、気にしてる場合じゃないわ。とにかく行くわよ」


 風花に言われ、私は頷いた。


 空間の割れ目は、どうやら町のあちこちに出現しているようだった。そしてその割れ目の奥から、次々とシャドウが飛び出している。私はできるだけ割れ目の近くを通らずに城まで辿り着ける経路を記憶し、風花の手を取った。


「飛び降りる! しっかり掴まってて!」


 彼女の身体を引き寄せ、私は時計塔の台座から身を踊らせた。浮遊感は一瞬のうちに消え、すぐに重力が私達を地面へと引きずり下ろし始める。唸る風音を聞きながら、私は指先で魔法陣を描いた。


「大地の鎖よ、我が枷を緩め、解き放て――〈フリーゲン〉!」


 発動した風魔法が重力に逆らって私達を受け止めたが、力が足りず、落下の速度をほんの僅か緩めるのみの効果しか得られなかった。


「風花、いくよ!」


「きゃ!?」


 私は空中で風花を抱き上げ、魔法陣に全力で魔力を注ぎ込みながら、着地の姿勢を取った。時計塔の周りは既にシャドウ達に囲まれていて、私達はその真ん中に着地することになりそうだ。


「ちょっと!? 下ろしなさい!」


 風花の戸惑った声には構わず、私は大きく息を吸い込んだ。


 ズダンッ……!


「いっ――たぁぁああ」


 着地と同時に足裏から足首、膝、腰、背骨から頭まで、ビリビリと強烈な衝撃が突き抜けていき、私は辛うじて風花を抱えた状態で悶絶した。


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