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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
三章・羊と孤独と魔法陣
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三・羊と孤独と魔法陣 9

「風花、メイヴスの儀式には生贄が必要なんだよね?」


 私は文字盤の外側へ出る為の扉を開け、風花に外を見るように促した。何かを察したのか、風花の顔が僅かに強張り、彼女は飛び出すような勢いで外の台座に立った。後を追って外に飛び出し、再び目の前に広がった光景に、私は唇を噛んだ。


「何これ……!」


 ヒュゥヒュゥと唸る風の中、風花は愕然とした表情を浮かべた。町中に張り巡らされた旗飾りの意味――この巨大な魔法陣に、彼女も気付いたのだろう。


「イチはこれを伝えたかったの……!?」


 彼女は呟き、勢いよく私を振り返った。


「カナタ、急いで下に降りるわよ!」


「何とかできるの!?」


「知らないわよ! だけどイチがこれを知ってて何もしなかったなら、あれは私達竜殺しの力じゃないとどうにもならないってことでしょ! 紅ならもしかしたら何か――」


 しかし風花が言いかけた、次の瞬間だった。


 ジジッ……!


 突如、魔法陣の上に紫色の光が走った。


「えっ?」


 ドォォオオオンッ!


 天を貫くような爆音が辺りに轟き、そうかと思うと、視界一杯に真っ黒な炎の柱が立ち上った。魔力の残滓が燃えているのか、空気の成分が燃えているのか――どちらかわからないが、風に吹かれる木の葉のように、炎が赤く青く、何もない空間を漂っては消えていく。風に流れてきた黒い煙がこちらへ押し寄せ、私は咄嗟に腕で目元を庇い、服の襟元を引き上げて口を覆った。しかし煙の臭いも何も感じないことに気が付いて、恐る恐る腕を下ろしてみると、私と風花は、薄っすらと虹色に光る透明な球体に包まれていた。球体の向こうは、真っ黒な煙に覆われていて何も見えない。


「この球体、風花が……?」


「違う、私じゃない」


 強張った風花の声音に、私は後ろを振り返った。


「!」


 一体、彼はいつそこに現れたのだろう。全身を黒ずくめの服で包んだ男が、無表情にそこに立っていた。彼は細面に頬髭を生やした三十代前半と思われる顔立ちで、前方を見つめる紫がかった黒の双眸に、暗い闇を浮かべていた。


 球体の外で風が吹いたのか、黒煙が流されて消えて行った。火柱こそ成りを潜めたようだが、街は石畳が焼け付く程に、真っ赤に燃えていた。それを目にした風花が、上擦ったような短い悲鳴を漏らした。


「嫌っ……! 嘘でしょ!? 紅――紅は!」


「風花、落ち着いて!」


 台座から身を乗り出そうとする風花の腕を掴んで自分の方へ引き寄せながら、私は黒ずくめの男を睨んだ。しかしそうしながらも言い様のない威圧感と圧迫感を受け、思わず身が竦んだ。この男は、とても嫌な気配がする。


「貴方、何者なの?」


 赤く燃える町並みに身を震わせながら、私は尋ねた。


「ハウィン。……ダーク・ロウ・ハウィン」


 ハウィンと名乗った男は私達に視線を向けもせず、前方に手のひらを翳したまま答えた。そこに描かれた魔法陣は、不気味な黒い靄をゆるゆると立ち上らせている。どうやらこの球体は、彼が作り出しているらしい。


 私はギシギシと痛む心臓を握り締め、やけにうるさい自分の呼吸の音を聞いていた。


「ハウィン……?」


 彼の名を復唱した風花の声は、ひどく震えていた。


「それは私達の英雄の名よ」


 風花は怒りを滲ませた声音と眼光で、ハウィンを睨み付けた。彼女の頬を照らす緋色の炎が、そこに伝う涙を浮かび上がらせていた。


「これは貴方の力でしょう! わからないと思った!?」


 風花は立ち上がり、激昂した。するとハウィンはゆっくりとこちらを振り返り、ようやく私達を視界に収めた。


「竜殺し……まだ生き残りがいたのか」


 彼は少しだけ驚いたように呟くと、風花に右手を翳した。


「風花!」


 嫌な予感がして、私はハウィンに飛びかかった。しかしハウィンが空いた左手を軽く払った途端、私は何か強い力に弾き飛ばされ、文字盤に叩き付けられた。


「がっ……!」


 背中を打ち付け、激痛と同時に息が詰まった。こじ開けた眼で風花の姿を追うと、彼女はハウィンに刀を向け、身を震わせていた。


「貴方、何者なの?」


「私は世界の観測者。暗き法の下に巡る世界を廻す者。……我が力を盗みし竜殺しの民よ、欺かれているに過ぎないおまえに罪は無い。流れを見守り、静かに眠るといい」


 ゆっくりと、しかし確実に耳に響いてくるような口調で、ハウィンは言った。風花は目元の涙を乱暴に拭うと、吐き捨てるように笑った。


「はあ? よくもまぁ、そんな頭の沸いた台詞がつらつらと出てくるわね。悪しきメイヴスの竜を甦らせようなんて、この竜殺しの風花が絶対に許さないわ。人の命を生贄に魔を撒き散らす神など、私達の世界には必要ない!」


「そうではない、竜殺しの娘。竜こそがこの世界を生かす術。その理を歪め、都合の良い物語を描いた者こそが、おまえ達竜殺しの一族なのだ」


「あの邪悪な竜が世界を生かす? ……寝言は寝て言えってヤツだわね」


 風花は鼻を鳴らすと、キッと目尻を吊り上げた。


「ハウィンの名を穢し竜殺しの一族を貶めるなら、あの世で後悔させてあげる」


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