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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
三章・羊と孤独と魔法陣
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三・羊と孤独と魔法陣 7

*   *   *


 俄かに騒がしくなった町を駆け抜け、私と風花は時計塔に辿り着いた。紅が上手く兵士達の気を引いてくれているのか、辺りは閑散としている。時計塔を見上げて目を細めると、文字盤の台座の隅に、小さな扉が設えられていた。その台座部分の突起に結び付けられた旗飾りは、街のあちこちに向かって走っていた。


「相変わらず愉快な旗飾りだこと」


 同じように時計塔を見上げながら、風花が鼻を鳴らした。


「あの旗飾り、何だか嫌な予感がするのよね」


「え?」


 風花に顔を向けると、彼女は小さく肩を竦めた。


「だっておかしいでしょう。お祭りの飾りなら、何で裏通りにまであんなにたくさん掲げる必要があるわけ?」


 確かに風花の言う通り、旗飾りは表通りも裏通りも一切関係無く、縦横無尽に張り巡らされている。


「まあ、いいわ。ひとまず上に行ってみましょう」


 風花は言ったが、時計塔の周りをぐるりと探してみても、内部への入り口らしきものが見つからない。まさかと思ってもう一周してみたが、やはりどこからも入れそうになかった。


「どういうことなのかしら……」


「外から行くしかないのかな」


「えぇ? だけど――」


 外壁は石造りで、ところどころ穴が空いてはいるが、文字盤の台座に辿り着くまで、足場になりそうな場所は無い。よじ登るのは難しそうだ。


「カナタ、魔法で上まで行ける?」


「多分……。でも、魔法を使ったら目立つよね? 私の力じゃ、私一人で精一杯だと思う。風花を抱えて行くのはとても無理」


「そう。じゃぁもし兵士に見つかったら、下で私が引き受ける。カナタは、イチが伝えようとしていたことを探してきて」


 風花に言われて、私は頷いた。


「わかった」


 イチは竜殺し一族の敵ではないのだと――紅を納得させられるような情報を掴まなければならない。イチの意思を、何としても汲み取るのだ。


 ただ不安なのは、時計塔なのに入口が無いという不自然な要素こそあるものの、辺りにはまるで人気が無く、この場所が何か重要な場所であるとは到底思えないことだ。


 しかしそれでも、行くしかない。


 私は自分の足元に、風魔法の魔法陣を描いた。


「大地の鎖よ、我が枷を緩め、解き放て――〈フリーゲン〉」


 呪文とともに魔法陣が光り輝き、私は空へと舞い上がった。耳元で唸る風切り音を聞きながら、民家の屋根の高さを通過。この辺りで既に魔法の効力が怪しくなってきたが、何とか魔力を注ぎ込みながら上昇を維持。近付いてきた文字盤の台座の縁に手を伸ばした。


「あと、ちょっと……!」


 伸ばした指先が文字盤の台座の縁を掴むのと身体から浮力が消えるのは、ほぼ同時だった。甲高い風の音が耳元を駆け抜け、強い力で身体が煽られる。恐る恐る下を見てみると、親指サイズの風花がこちらを見上げていた。


「お、思ったより高い……」


 何とか文字盤の台座の上に体を引き上げて、ほっと息をつく。眼下には、やはり陰鬱な雰囲気のエスメロードの街並みが広がっていた。陽気な旗飾りが、不気味なくらい場違いな有様で町中に張り巡らされている。


「さて、と」


 私は文字盤に向き直り、隅にある小さな扉へ向かった。扉の奥には、文字盤に上る梯子も付いていた。この構造を見る限り、あの扉や梯子は、恐らく時計の手入れの際に使われていたものなのだろう。――ということは、やはり以前は人がこの塔の中に出入りしていて、時計もきちんと動いていたのだ。一体何の目的があって、出入り口を隠したのだろう。


「……暴走した魔族から逃げる為とかだったら、嫌だな」


 事が落ち着いた後で文字盤の扉から外に出たならいいが、中に立て篭もったまま息絶えたなんて話だったら――……あぁ、嫌なことを想像してしまった。


 思い浮かんでしまった惨状を振り払うように頭を振って、私は小さな扉の前に立った。


「よし」


 軽く深呼吸をして、私はゆっくりと扉を開けた。天井から陽光が差し込んでいる狭い空間の中には、たくさんの人影が落ちていた。


「え……」


 人影の正体を視線で追うと、天井から人間大の人形が大量に吊り下げられていた。それらは扉から吹き込んだ風に嬲られてカシャカシャと擦れ合い、床の上で影を揺らしている。それだけでも十分不気味なのに、壁一面には血で刻まれたような赤い文字がびっしりと並んでいた。文字盤裏の歯車達はすっかり錆び付いていて、とてもじゃないが動きそうにない。


「何なの……これ」


 足を踏み入れると、古びた木製の床がギシギシと悲鳴を上げた。壁の文字に目を凝らすと、どこの言語だったかわからないが、何ヵ所か読み取ることができた。


「竜が腹に抱えし卵……魔を映す影を繋ぎ……孵る……?」


 何かの魔法の呪文だろうか。そうだとしても全く聞いたことの無い呪文だが、もしこれがメイヴスの儀式でなかったら、一体何だと言うのだろう。


 イチがこれを知った上でそのままになっているということなら、恐らく私にはどうにもできない。どうにかするには、これを竜殺しの一族に知らせなければならないのだろう。


「待って。魔法……これが、魔法の儀式なら――」


 ハッとして、私は扉から台座の上へ飛び出した。轟々と唸る風の中、街の中を縦横無尽に駆ける旗付きのロープを目で追った。それは街路に沿うわけでもなく、ところ構わず張り巡らされている。


 ――外周は、円形。


 その意味に気付いた途端、背筋にゾクリと悪寒が走った。旗飾りの異様さの正体は、これだったのだ。


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