三・羊と孤独と魔法陣 4
* Closed Story...Leuchten & Ichi *
暗い牢の中に戻ったロイヒテンは、その環境とは不釣り合いな甘い香りの中で目を覚ました。
「うぅ……?」
肌と肌が密着した心地良さと、ほとんど身動きの取れない不自由さが共存した不自然な姿勢。無意識に動かそうとした四肢には、ギシギシと縄が食い込んでいた。
「あら、お目覚め?」
耳元で悪戯っぽい声が聞こえて、ロイヒテンは思わずビクリと身を捩った。途端に縄がきつく食い込み、両腕に痛みが走った。
「痛っ!」
「痛っ!?」
同時に悲鳴を上げて、そこでようやく、ロイヒテンは自分の置かれている状況の全貌を理解した。牢屋の真ん中で、一糸纏わぬ姿のイチと向かい合わせに縛られているのだ。もちろん自分も素っ裸のままで。
「なっ、なっ、なっ!?」
驚きのあまり混乱した声を出したロイヒテンに、イチはおかしそうに笑った。
「君には一回逃げられてるからって、これはあんまりよねぇ」
「何でこんなことに!? いや、おい……アルノルトとベルノルトは!?」
焦燥に追い立てられるまま身を捩って尋ねた時、食い込む縄の痛みに、イチが小さく苦鳴を漏らした。
「っ! すまん!」
「あんまり暴れないで。あとでお仕置きだからね」
イチは冗談めかしたように言ったが、すぐに笑みを消して目を伏せた。
「アルノルトは、もう……。ベルノルトはわからないけれど、あの兵士長に撃たれて、一緒に連れて来られたみたい」
「ベルノルトが撃たれたって……!?」
「アルノルトの魔力を受け継いだことと、何よりアルノルトを失ったショックで、ベルノルトの魔法が凄い威力になっちゃったのよ。その勢いを直で受けて、ロイヒテンは気絶したってわけ。その後、メイヴス教徒を捕らえるっていう名目で、兵士長がベルノルトを撃ったの」
「そんな……ベルは無事なのか?」
「あの時点ではね。……今はわからない」
そう言ったイチに、ロイヒテンはギリッと奥歯を鳴らした。しばらく沈黙した後、深く溜め息を吐いた。
「あーぁ、俺の人生もこれで終わりか。あんた達に乗せられるまま戻ってみたけど、やっぱりやめておけばよかった。……ま、最後にこんな美味しい思いができたからいいけどな」
「私は全然美味しくないんだけど」
イチはそう言って頬を膨らませると、「せぇのっ!」と身体を振って、ロイヒテンを下敷きにする格好になった。
「痛ででででっ!」
やはり縄が食い込んで、ついでに後ろに回された手に体重が乗り、ロイヒテンは悲鳴を上げた。イチは痛みに顔を顰めながらも、ロイヒテンの上で首を傾げた。
「ロイヒテンの上で腹上死。……これも超微妙ね」
「はっ、微妙で悪かったな。俺は最高の気分だ」
「……変態」
ボソッと呟いたイチ。ロイヒテンは押し付けられたイチの胸の谷間越しで、口の端を上げて笑った。
「そりゃぁ、こんな縛り上げ方する奴が親だからな。多分俺は、このまま首を飛ばされるんだと思う。それで、きっとあんたは顔面に俺の血を浴びながら、メイヴスの生贄になるんだ」
「わー。それ、凄く嫌」
イチが言った、その時だった。誰かの足音が近付いてきて、自分達の牢屋の前で止まった。
「ロイヒテン殿、俺の奴隷の抱き心地はどうです?」
降ってきた声を視線だけで見上げ、ロイヒテンは眉間に皺を寄せた。兄弟の家に乗り込んできた兵士長らしき男だった。途端にイチの身体が僅かに強張り、ロイヒテンはそのことに少し驚いたように目を見開いた後、男を睨んだ。
「……あんた、こいつに何かしたのか?」
「メイヴスの信仰などという大罪を犯したんです。本来ならば即刻処刑されるところを、俺の奴隷として可愛がってやっているのだから、感謝して欲しいくらいですよ」
「何したんだって訊いてるんだ」
「ははっ、奴隷は奴隷として扱うに決まっているではありませんか。もちろん、それだけ器量が良ければ……いや、エルフリーデ様の命令でなければ、そうやってロイヒテン殿に貸すのも惜しいくらいによく啼きましたよ。縛られていて不自由でしょうが、試してみてはいかがです?」
「…………」
途端にロイヒテンの表情が険しくなり、彼は低く唸った。
「俺をあんたと一緒にするな」
「おや、こんな美女に興味が無いなんて、ロイヒテン殿は男色趣味をお持ちで?」
男は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。ロイヒテンは男を睨み付けながら言った。
「あんた、一体いつからこの城に入り込んだ。俺がいた頃は、いなかっただろう」
「ふふ、ロイヒテン殿の母君に拾って頂いたのですよ。貴殿達のようなメイヴス教徒を根絶する為にね」
笑う男に、イチが苛立ったように舌打ちした。
「はいはい。つまり君が黒幕なのね。全く、どっちがメイヴス教徒よ。君、メイヴスの儀式なんかに手を出して、タダで済むと思ってるの?」
イチが呆れ半分怒り半分の口調で言った時、足音がもう一つ近付いてきた。ハイヒールの踵で床を踏むような、甲高い音だった。




