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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
二章・公子と少女と竜殺し
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二・公子と少女と竜殺し 11

*   *   *


「痛たたたっ! 痛い痛い!」


「ロイヒテン、動かないでよ!」


「そうは言ってもだな!」


「我慢してください、もう終わりますから!」


 ギャァギャァ喚くロイヒテンを私が押さえ付け、幼い少年が彼に治癒魔法を施す。私が使う治癒魔法よりも数段綺麗に、ロイヒテンの傷が塞がっていく。


 ロイヒテンと紅の誘導で、兵士に見つかることなく牢を抜け出した私達。今はロイヒテンの案内で、街路で風花が庇った二人の兄弟が住んでいる古民家に身を潜めている。ロイヒテンのを治療をしてくれているのが兄のアルノルトで、弟のベルノルトは、彼の服を調達しに行ってくれている。彼らの両親は、一年前に狂暴化した魔族に殺されてしまったらしい。


 二人は幼いながらも優れた魔法使いで、兄は治癒魔法、弟は氷魔法が得意なのだそうだ。


「子どもの前でみっともない。あれのどこが君子?」


 渋い顔でそう言った風花に、ロイヒテンを君子だと評した紅は、苦笑を浮かべていた。


「ロイヒテン様」


 すると間もなく部屋のドアが叩かれた。開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは、ベルノルトだった。


「服、これでもいいですか? お父さんのしかなくて……」


 ベルノルトがおずおずとロイヒテンに差し出したのは、古びた継ぎ接ぎの服だった。


「おぉ、助かるよ。ありがとう」


 ロイヒテンはついさっきまで悲鳴を上げていたことなど忘れたような笑顔で、継ぎ接ぎの服を受け取った。


「怪我は大丈夫ですか?」


「あれくらい何でも無いよ。アルが治してくれたし」


 服に袖を通しながら言ったロイヒテンに、二人の兄弟はホッとしたように表情を緩めた。そして二人は、私に向かって深々と頭を下げた。


「ロイヒテン様を助けてくれて、ありがとうございました」


「えっ、いや、私は……」


 ロイヒテンが子どもに慕われているのが不思議で、私は少しの驚きを露わにしながら首を横に振った。


「君達を見つけた時、すぐに助けてあげられなくて――ごめんね」


 すると兄弟は顔を見合わせ、小さく笑った。


「でも、やっぱりロイヒテン様は助けてくれました。……ロイヒテン様は小さい頃に、今日の花嫁様と同じことを父にしてくれたんです。僕達、もしもロイヒテン様が困っていたら、絶対にお助けするように言われてきました。少しでもお力になれるなら、とても嬉しいです」


 ……ロイヒテンが風花と同じことをした、って?


 私と風花がロイヒテンを凝視すると、彼は「そんなことあったっけ?」ととぼけた顔で首を傾げた。しかしそんなことがなければ、街路でこの兄弟を見捨てようとしたロイヒテンが、今この兄弟の家を訪ねたところで匿ってもらえるわけがない。


「父と母は暮らしが辛くて、かつて先代が崇拝していたメイヴスに縋ろうと思ったこともあったそうです。だけど父と母を助けてくれたのは、メイヴスではなくロイヒテン様でした。寒くて食べる物もなくて……そんな時に町の人に石を投げられて。その人達をみんな殺してメイヴスに捧げたら、もう辛い思いをしなくて済むだろうかって、考えたこともあったそうです。でも、突然小さな影が目の前に躍り出て、石がやんだ。その子は町の人達を睨むでもなく蔑むでもなく、ただじっと見つめて言ったらしいです。『あんた達には、この血の色が違って見えるのか』って。父と母を庇ったその子の額は割れて、真っ赤な血が流れていたそうです」


 風花は大きく目を見開き、私も少しの驚きを覚えながら、アルノルトを見つめた。すると、今度はベルノルトが言った。


「父と母は、憎しみで心を満たしてメイヴスに縋ろうと思った自分を恥じたそうです。僕達も、先祖の過ちを繰り返すようなことは絶対にしちゃいけないって教えられました。メイヴスに祈るより、ロイヒテン様のお力になりなさいって」


 そして二人は、「何かあったらいつでも呼んでください」と頭を下げて、部屋を出て行った。


「……お嬢、わかったか?」


 首を傾げた紅に、風花は小さく鼻を鳴らした。紅は呆れたような溜め息を吐いて、ロイヒテンに視線を移した。


「とは言え、ロイヒテン殿。今回の行動はあまりに軽率だと思うがな。ここエスメロードは、エルド卿が領主として権力を振るうようになって以降、閉鎖的で独裁的な統治が行われるようになった。ロイヒテン殿の実父である故マルデール卿のやり方で辛酸を舐めてきた貴族達が好き放題している。それは当の本人である貴方が痛いほどわかっていただろうに――そんな状態で策も無しに城へ突撃をかますなんて、賢いやり方とは思えないな」


「はは、耳が痛い」


 ロイヒテンは横になったまま、冗談めかしたように笑った。すると風花が尋ねた。


「じゃぁマルデール卿の頃は、あの子達が石を投げられるようなことは無かったってわけ?」


「どうだろうな、そこまではわからん。だがマルデール卿は税のほとんどを民に還元しながら、自分も民達と同じような生活をして、身分差別の撤廃に尽力していた方だったそうだ」


「……でもその息子は、アレってことね」


「お嬢!」


 紅は咎めるように少し声を荒げたが、風花は壁に背を預け、涼しい顔で眉一つ動かさない。


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