二・公子と少女と竜殺し 9
「持ち物は全部取り上げられただろう。一体どこに隠していたんだ?」
「それは女に訊くものじゃないわね」
風花はそれだけ言うと、ツンとした態度で目を閉じた。
「助かるぜ。いやー、実は結構痛くてさぁ」
ロイヒテンはヘラヘラと笑うと、爪の無い指先でなんとか紙包みを拾い上げ、中から出てきた丸薬を口へ放り込んだ。カリッと牢獄の壁に軽やかな音が反響した。
「おえっ!? 何だこれっ! 吐物の味がするぞ!?」
途端に目を白黒させながら、ロイヒテンがペッペッと舌を出す。風花が呆れ顔になり、がっくりと肩を落として溜め息を吐いた。
「せっかく丸薬にしたのに、どうしてわざわざ噛むのよ……」
「えぇ?」
ロイヒテンはワケがわからないといった様子で眉を寄せ、風花は片手で頭を抱えた。
「貴方と話すと疲れるわ」
そんな呟きを漏らして、風花は首を横に振った。ロイヒテンは気にした様子もなく続けた。
「はー、しかしあんたが俺の花嫁って話、ただの口から出任せで助かったぜ。あんたみたいな――」
「御託はいいから。今度は貴方の番よ」
「――可愛げのない女はごめんだ」
小声で続きを呟いて、ロイヒテンは私に視線を移した。
「花嫁にするなら、カナタの方がまだマシってやつだな。イチと違ってペッタンコなのが難だが」
言われて、私は「絶対嫌」と答えながら自分の体を見下ろした。……悲しいかな、足元がよく見える。
「ロイヒテンは、大きい方が好きなのね」
「あぁ? そりゃぁもちろん大きい方が――」
「それなら自分のサイズを見直して、発言を振り返ってみるべきだと思う」
「なっ……!」
絶句したロイヒテンに、私はニコリと笑って見せた。まぁ、ロイヒテンのサイズも小さいわけではないんだろうけど――……ね。
「あー、くそっ。庇い甲斐の無い奴らだぜ」
ロイヒテンがボソリと呟くので、私は首を傾げた。
「え?」
「なんでもなーい」
しかしロイヒテンは気の抜けた調子でそう言うと、長い息を吐いた。
「俺が説明できることはそんなに無いよ。ただ、カナタには言っただろ? 俺は義父と妹を殺したんだ。義父の方は、母の目の前でね。愛し合う二人には、大層ショッキングな光景だったに違いない。発狂する母の前から二人の子である妹を攫ってきたんだが、その殺人鬼で誘拐犯の男が一人で戻ってきたとなれば、気が済むまで鞭で引っ叩きたくもなるだろうさ」
「でも義理のお父さんは魔族で……」
「そう、仕方ないんだ。俺がやらなければ、間違いなく母も殺されていた。でも残念ながら、母にとっては仕方ないことじゃない」
「ロイヒテンがメイヴスを信仰してるっていうのは?」
「俺が義父と妹を殺したのは、二人の力を自分のものにする為だっていう話になってるみたいだ」
そう言ったロイヒテンに、風花はもう一度深い溜め息を吐いた。
「それにしたっておかしいでしょう。貴方だって息子で、しかもれっきとした公子なんだから」
「あー、それね。母は俺のことが大嫌いだから」
「あら、そうなの?」
「そうそう。今の父親と再婚して俺のこと嫌いになったっていう、典型的なヤツ」
ロイヒテンは軽い口調で言ったが、それについて彼がどう思っているのかは、彼の表情から読み取ることができなかった。風花は渋い顔をして、首を横に振った。
「それにしたってあんまりだわ。貴方、人望無かったのね」
「あはは、返す言葉も無い」
ロイヒテンはやはりヘラヘラと笑って、やがて起き上がっていることに疲れたのか、ゆっくりと床の上に身を倒した。その顔が少し寂しそうに見えたのは――多分、気のせいだと思う。
私は格子の隙間に頭を押し付けて、廊下の様子を窺った。どこまでも薄暗い石の通路が続いている。
「イチは大丈夫かな……」
「あいつは別に心配要らないだろ。顔に似合わず鬼みたいに強いし」
「……それ、さっきも言ってたよね。イチに伝えるね」
「あんたには怪我人を労わる気持ちが無いのか?」
眉を寄せたロイヒテンに、私は小さく笑った。
それからまた、しばらくの時間が経った。豪胆なことにロイヒテンは眠ったようで、イビキすらかいている。私は竜殺し一族のことをもっと聞きたかったが、風花はかなり苛立っているようで、ピリピリとした雰囲気を隠そうともせずに、黙って目を閉じている。刺激したらとばっちりを受けそうで、私は黙って壁際に座っていた。
「お嬢」
不意に聞こえた声に振り返ると、薄闇の中に、背の高い青年が立っていた。足音は一切聞こえなかったが、一体いつの間に現れたのだろう。
風花は弾かれたように目を見開き、彼の姿を見るなり声を上げた。
「紅!?」