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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
二章・公子と少女と竜殺し
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二・公子と少女と竜殺し 8

「ロイヒテン!?」


 思わず声を上げると、ロイヒテンの指がぴくりと動いた。彼は長い髪を引きずるようにして頭を上げ、私達を見つけて、ニヤッと笑った。


「おいおい、竜殺しのお嬢さんに手荒な真似をすると後が怖いぞ? 何せ、そいつは族長の娘だからな」


 ロイヒテンは揶揄するような口調で言ったが、兵士達は特に反応を見せなかった。彼らは私と風花の武器や持ち物の類を、それこそヘアピン一本や飴一粒に至るまで手早く没収すると、問答無用で私達をロイヒテンの向かいの牢に叩き込んだ。


 ガチャンと冷たい金属音が響いて鍵がかかり、兵士達が立ち去って行く。途端に、風花がロイヒテンに食い掛かった。


「ちょっと貴方! 何があったっていうわけ!?」


 声を荒げた風花は、今にも噛み付きそうな勢いだ。それをロイヒテンは見事に無視した。


「ロイヒテン……大丈夫?」


 私が問いかけると、彼は持ち上げていた顔をゆるゆると伏せて長い溜め息を吐いた。


「大丈夫に見えるなら、カナタの目は節穴だな」


 ロイヒテンの身体には鞭で叩かれて引き裂けたような傷が無数に走っており、血はそこから溢れ出していた。身体の蔭になっていて足元までは見えなかったが、手の爪は全て引き剥がされている。確かに「大丈夫?」などという質問は愚問だった。


「ロイヒテン、貴方、仮にも公子でしょう? 居城に帰るなり満身創痍にされて牢獄に叩き込まれるなんてなかなか無いと思うんだけど、何があったの? 普通は捕まるにしてもせめて軟禁か、そんなボロボロにされる前に裁判くらいあるでしょう」


 眉を顰める風花に、ロイヒテンは鼻で笑って答えなかった。


「失われし力に祝福の風を――〈ヒーリング〉」


 私は鉄格子越しに大きく魔法陣を描いて呪文を唱えた。だがバチンッと大きな音と白い光が弾けたかと思うと、発動させたはずの魔法の力が消えてしまった。


「無駄だよ。ここは昔、メイヴスの連中を捕らえていたんだ。牢の中で魔法は使えない」


「そんな……」


「まぁ、奴隷ちゃんに心配してもらうような怪我じゃない。これぐらい別にどうってことないさ。幸いちんこは無事だ」


 ロイヒテンはそう言って笑うと、のろのろと体を起こした。今の彼の状況は、貴族にとっては自尊心を叩き折られるだけでは済まないようなことだろうに、ロイヒテンはあくまで平然とした態度を崩さない。それどころか、股間のモノを堂々と晒しながら偉そうな口調で言った。


「風花さんよ、あんたが俺の花嫁を名乗った理由を教えてくれるなら、俺がこうなった理由を教えてやってもいいぞ」


「……どうして貴方が偉そうなのよ」


 風花は舌打ちしたが、口元の血を手で拭いながら顔を顰めているロイヒテンに、ちらりと心配そうな視線も向けていた。そしていかにも「仕方ないわね」といった調子を装って、彼女は言った。


「最近、各地で妙なことが起こってるのは知ってるわよね?」


「妙なこと?」


 怪訝そうに尋ねたロイヒテンに、風花が頷く。


「一年前くらいかしら。辺境の砦にいた兵士達が、ある日突然全滅。資料を探したけれど、公の記録には、賊に襲われたとしか記されていなかった」


 その話に、私は驚いて目を見開いた。それは恐らくシオウ様の砦のことだ。そう思ったが、風花は続けた。


「私が把握しているだけでも、五箇所でそれが起こってる。だけどどの場所でも、明確な原因を探る為の調査が成されていない。賊やシャドウの襲撃でやられたことになってるわ。いくらなんでも、こんなに一気に町や砦が落ちる?」


「五箇所って……」


 イチの話では、シオウ様が死んだのはメイヴスの儀式のせいだ。それが五箇所で起こっているというのは――。


「元メイヴスの拠点であるエスメロードの公子ならわかるわよね? 恐らくこれはメイヴスによる何らかの大々的な儀式で、しかもそれを推し進めている奴がローズガルドにいるってことよ。ハウィンの血を引く者として、メイヴスの復活は阻止しないと」


 険しい表情でそう言った風花。ロイヒテンは髪を掻き上げようと額の辺りまで手を持ち上げたが、爪の無い指先を思い出したのか、忌々しげに口を曲げた。


「なるほど。それで俺のところへ来たのか」


「全然まともに仕事をしていらっしゃらないようで、がっかりしたけどね」


 風花はピシャリと言い、ロイヒテンは憮然とした顔で口を尖らせた。


「俺だってこれでも頑張ってるんだぞ?」


「どうかしら。日頃の行いがよくないから、そんな目に遭っているのに誰も助けに来ないんでしょ」


「それは……」


 ロイヒテンは何か反論しかけたところでモゴモゴと口籠り、そっぽを向いてしまった。


「まぁ、期待外れで残念だったな」


「全くだわ」


 風花は鼻を鳴らして頷くと、くるりと後ろを向いて、服の懐深くに手を差し入れた。指に挟んで取り出したのは、小さく折り畳んだ紙の包みだった。


「ほら」


 それをロイヒテンに放り投げ、風花は壁際に腰を下ろした。


「一族に伝わる秘薬よ。傷によく効くから、飲みなさい」


「!」


 ロイヒテンは驚いたように目を見開き、風花を凝視した。


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