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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
二章・公子と少女と竜殺し
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二・公子と少女と竜殺し 7

 私にとって魔法ほど理解不能で理不尽な現象は無い。そしてその理不尽から逃れることができるなんて、今まで考えたこともなかった。


「そう。私達にはハウィンの血が流れてる。その血の力が、魔法を跳ね除けているのよ」


「ハウィンの血?」


 またも聞いたことのない単語が出てきて、私は眉を寄せた。無知と馬鹿にされるかと思ったが、風花は変わらない口調のまま答えてくれた。


「かつてメイヴスの竜を打ち倒した英雄の血よ。事の集束とともにハウィンが姿を消してしまったらしいから、公には彼の名前は出てこないけれどね」


「メイヴスの竜を打ち倒した英雄……それがハウィンなの?」


「そうよ。でもハウィンが子孫を残したわけじゃなくて、先祖が彼の血をもらって、私達はその血を引いてるっていうだけ」


 不可解な言い回しに、私は首を傾げた。


「血をもらったって、どういうこと?」


「伝染るのよ、この特異体質。先祖はハウィンの血を飲んで、この力を得たらしいわ」


「血を飲む?」


 私が驚いて目を見開くと、風花は小さく笑った。


「まぁ、ハウィンじゃなくて子孫である私達の血を飲んでも、伝染るかどうかはわからないけどね。試したこともないし」


 血を飲むなんて、冗談じゃない。想像しただけで吐き気がするような話だ。


 私が顔を顰めていると、風花は続けた。


「ただ、魔法が効かない特異体質を持っている代わりに、私達の一族は魔法を全く使えない。おまけに寿命が短いの。四十まで生きればいい方ね」


「えっ!?」


 声を上げた私に、風花は手首を差し出して見せた。


「メイヴス信者を相手取るなら、試しに飲んでみる? コップ一杯分くらいなら、わけてあげてもいいわよ?」


 彼女の唇に浮かんだ薄い笑みに、私は首を振った。


「遠慮しとく」


「あら、そう?」


 風花は口元の笑みを深め、手を下ろした。


「まぁそういうわけで、私達はメイヴス信者に対する耐性が抜群に高いのよ。そしておよそ百年前、私達の先祖はハウィンとともにメイヴスを退けた。この地域の人達は、それをよく知ってる。もちろんメイヴス信者の子孫には、恨まれているだろうけどね」


「そっか。それで風花がロイヒテンのお嫁さんっていうところで、あんなに盛り上がってたのね」


「えぇ、でも……何だかそれだけじゃない気がするのよね」


 風花は意味ありげに呟き、それきり口を閉ざしてしまった。


 そのまま私達の間にしばらくの沈黙が流れて、どれくらいの時間が経っただろう。不意にノックも無しに扉が乱暴に開かれたかと思うと、驚いてそちらを振り返った私達が抵抗を思い立つ間も無く、目の前に銀色の刃が突き付けられた。


「……随分と無礼だこと。私を誰だと思っているわけ?」


 部屋に雪崩れ込んできたのは、どうやらこの城の兵士達のようだった。風花は冷たく目を細め、目の前の刃を睨んだ。


「ロイヒテン様にはメイヴス教信仰の嫌疑がかけられている。おまえ達には、しばらく牢に入っていてもらう」


「竜殺しの一族である私がメイヴス信者であるはずがないことくらい、わからないの?」


「おまえが竜殺しの一族だという証拠はどこにもない」


「何ですって?」


 風花の勘忍袋の尾が、早くもブツッと切れた音がした。彼女は突き付けられた刃に臆する様子も無く、むしろ自分の首をわざわざ切っ先に食い込ませにいきながら笑った。


「打ち込んでみなさい。貴方の全力の魔法。傷一つ負わずに受け止めてあげるわ」


「そんなこと、俺達よりも優れた魔法使いなら当たり前にできることだ。ましてメイヴス教徒なら尚更、そんな芸当は得意分野だろう」


 警戒するようにそう言った兵士の切っ先は、容赦無く風花の首の皮を破った。ぷくりと溢れた血の雫が、白い喉を伝い落ちていく。抵抗できないまま私達の脇をそれぞれ二人の兵士が固めて、乱暴に引き立てられた。


「わかっているだろうが、抵抗すると首と胴体がさよならするぞ」


「貴方、あとで死ぬほど後悔するわよ」


 風花はフンと鼻を鳴らした後にちらりと私の方を見て、少し驚いたように眉を上げた。


「あら貴女、なかなか肝の据わった顔じゃない」


「……そう?」


 兵士達に引き立てられるままに歩きながら尋ねると、風花はおかしそうに口の端を上げた。


「そう? ――じゃないわよ。そんな態度で、これから兎狩りにでも行くわけ? それともせめて鹿かしら?」


「これでも結構、怖いと思ってるけど」


 答えながら、私は自分に突き付けられた剣の切っ先を見下ろした。


「ねぇ風花、これって今は抵抗しない方がいいんだよね?」


「わかってるじゃない」


 そう言った風花の表情は、なぜか楽し気だった。兵士達に捕まってこれから牢に放り込まれるというのに――奇特な人だ。


 しかし風花のその表情は、薄暗い地下牢の隅に蹲っているロイヒテンの姿を見て、たちまち凍り付いた。彼は服を着ておらず、晒された肌を全身血染めにしていた。


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