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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
二章・公子と少女と竜殺し
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二・公子と少女と竜殺し 1

 竜堕とし。イチ曰く、それはメイヴス教で行われている、ある儀式のことを指すらしい。


 命をメイヴスの生贄に捧げることでその者の力を自分のものにできるとしている彼らには、恐ろしい風習がある。例えば一家に子が二人以上産まれると、その子達が子を作れる歳になった頃、一人を殺して、その力を父親やもう一人の子に与えるのだそうだ。


 およそ百年前、メイヴス教団は国家として機能するほど強大になったが、生贄を身内だけではなく手当たり次第に求めるようになり、当時隣国だったローズガルド王国によって滅ぼされた。現在メイヴスの国はローズガルドに吸収されて存在しないが、生き残った一部の信者達はメイヴスの復活と再興を望み、今も人知れず儀式を繰り返しているらしい。


 そしてメイヴスそのものの復活を目的とした儀式というのが、竜堕としなるものなのだそうだ。


 人族よりも魔の力に共鳴しやすい魔族に対して呪詛をかけ、彼らの力を竜の卵に集めていく。竜の卵に力が満たされた時、古竜メイヴスが復活し、信者達に再び栄光が戻ると信じられている。


 ――イチの綴ったそんな突拍子もない話に、私は思わず呆然としてしまった。


「竜の卵に魔族の力を……? もしかして今起こっている魔族の狂暴化は、メイヴス教徒達のせいってことなの?」


 突如与えられた疑問の答えに混乱しながら、私は尋ねた。イチは頷く。


「そう。だけど他言無用よ。メイヴスについての詳細は、その凶悪性から表の歴史では伏せられているの。もしこんな話が広まったら、どこの誰がメイヴス教信者なのかわからないまま、魔女狩りめいたことが始まってしまう。……私の目的は、メイヴスを復活させる為の竜の卵を壊すことなの」


「卵を壊す?」


 眉を寄せてイチを見上げると、彼女は小さく頷いた。


「この髪飾りね、私の友達の物なんだ。メイヴス教の血を引く女の子……ずっと小さかった頃の友達なんだけど、ある日彼女の〝お母さん〟に連れられていって、それきり二度と会えなくなった。大人になって初めて、この髪飾りの意味と彼女がいなくなった理由がわかったの。それで私、メイヴス教を完全に滅ぼす為にシオウ様の下で強くなったのよ」


 私は何だか話に付いていけなくなってしまって、目をパチパチさせた。一方でロイヒテンは眉間に皺を寄せながら、背中のホルダーに銃を収めた。態度を軟化させたロイヒテンに、イチが小さな微笑みを向ける。


「ロイヒテン、本当は君も魔族の狂暴化の原因を知っていたんでしょう?」


「……まぁな。いつかメイヴスの呪詛の効果が無くなれば、リーゼロッテも元に戻ると思っていたんだ。だからそれまで〈トランスパレント〉の力で凌げばいいと思っていたが」


 ロイヒテンは小さく溜め息を吐いて、懐から何かを取り出した。


「まさかぶっ壊れるなんて思わなかった」


 彼の手の中には、ヒビの入った銀色の鏡があった。かなり古い物なのか、縁の金属部分は色がくすんで黒くなっている。亀裂の入った鏡面だけは曇り一つなく磨き上げられていて、月明かりと夜空を映し出していた。


「どうしてロイヒテンはこんなこと知ってたの?」


 私が尋ねると、ロイヒテンは一瞬答えに困ったように目を伏せたが、すぐに苦笑して肩を竦めた。


「あんたには関係無いよ、奴隷ちゃん」


 なるほど……どうやら教えてくれるつもりは無さそうだ。


 疑惑とはいえ私とイチに薬を盛った理由も、本当はかなりの腕を持っているのに二流のフリをする理由もわからない。一見わかりやすいような気がするのに、彼の表情からその思考を読み取ることは、とても困難だった。


 仕方なく、私はイチに別の疑問を向けることにした。先刻ロイヒテンにした質問をイチに投げかければ答えは返ってくるのかもしれないが、彼女にはそれよりももっと、聞きたいことがあった。


「ねぇ、イチ。……シオウ様のこと、もしかしてメイヴス教と関係してるの?」


「カナタ……」


 イチは僅かに目を伏せ、神妙な顔で頷いた。


「黙っててごめん。シオウ様の死の理由を追っているカナタには、ほとんど答えみたいな情報だよね。本当にごめん」


「それは……いいの。イチにはイチの理由があったんだろうから」


 そう――イチが私に話したいと思わなかったのだから、仕方のないことだ。私は彼女にとって、そういう相手ではないのだから。


 するとロイヒテンが揶揄するようにニヤニヤと笑った。


「ほらな、カナタ。あんたは結局何も知らないんだろ」


 こうなってはロイヒテンに言い返す術も無い。確かにその通りだと思った。しかしイチは悲しそうに眉を下げて、首を横に振った。


「違うの、カナタ。君を傷付けようとしたわけじゃない。……だからヘタレロン毛は黙ってろ」


 最後だけドスの効いた声音でロイヒテンを威嚇すると、イチは私の頭を優しく撫でた。イチの瞳に映っている私は、なぜか傷付いた子どものような表情をしていた。


「君をよく知らないまま、この話をするのがとても怖かった。何しろ昔の君は、どこまでも不貞腐れていて、どこまでも後ろ向きで、誰とも関わろうとしなかったから」


「…………」


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