一・銃士と剣士と魔法使い 9
「ふーん」
イチは「ま、いいけど」と首を傾げて、リーゼロッテに視線を移した。
「じゃぁカナタ、初の連携戦ね。超強敵だけど頑張ろう」
「初めてが超強敵なのは誰のせいよ」
ロイヒテンが立ち去る足音を聞きながら、私は鞄を地面に放り投げて短剣を構えた。まるで開戦の合図のようにリーゼロッテの右手が振り上がり、その掌に真っ赤な炎が宿る。
「カナタ、水と身体強化の魔法で援護する。叩き斬って!」
「了解! ……って、身体強化?」
「ドーピング的な光魔法があるのよ」
「何それ。初めて聞くけど大丈夫なの?」
「平気平気。〈ヒーリング〉と大差無いから」
軽い口調で言うイチに一抹の不安を覚えながらも、私はリーゼロッテに向けて疾走を開始した。リーゼロッテは残虐な笑みを浮かべ、ふわりと宙に舞い上がる。たちまち掌の炎が溢れ出し、彼女の体を伝い、燃え広がった。
「綺麗ねぇ。不死鳥を生け捕りにしてドレスに仕立てたら、あんな感じなのかしら」
再び大地を焼き尽くさんとする炎を前に、イチが場違いな台詞を口にしながら感心したように頷いた。
「じゃぁ、カナタにもサービス! ――〈ウェサー〉!」
「!?」
走る私の体を真っ青な光が包み込み、何事かと思いきや、光が流れる水で編まれたしなやかなドレスに変化した。マーメイドデザインの青いドレスだったが、私の動きに合わせて表面の水が流れを変える、不思議なドレスだった。
「わーぉ、カナタってば超可愛い」
「イチ、遊んでる場合じゃ……」
眉を寄せたが、すぐに私は、そのドレスがただのお遊びなどではないことを思い知った。
「あはははははっ!」
哄笑と共に放たれた獄炎。跳躍でそれを回避した私の軌道を追って、水のドレスがキラキラと輝く尾を引いた。不思議なことに、一切の熱を感じなかった。
「はい、次行くよ! ――〈スタークン〉!」
例のドーピング魔法が発動され、途端にまるで浮いたように身体が軽くなった。地を蹴れば重力など無いかのように大きく前進し、振るった刃の速さは普段の比ではない。
「いっけぇぇえええっ!」
突っ込んだ私の短剣を、リーゼロッテは炎の杖で受け止めた。熱く燃えるそれはゴウゴウと音を立てて滾っているのに、私の肌を焼こうとしては、水のドレスに阻まれて消えていく。リーゼロッテはそれに苛立ったように、醜悪に顔を歪めた。
「小賢しい奴らね! さっさと死ねっ!」
炎の杖が振るわれて、私は身を反らしてそれを避けた。その
ままバックステップを踏んで体勢を立て直し、再度彼女に斬りかかった。左右交互に斬り上げた刃がリーゼロッテの胸元に浅い傷を作り、炎の中に赤い血が飛んだ。
「〈ファイア〉!」
リーゼロッテは炎魔法〈ファイア〉を唱えたが、放たれた炎は私に届く前に、私の後ろから押し寄せてきた水の流れにかき消された。イチの放った水魔法〈ウェサー〉だ。
「私達が小賢しいんじゃなくて、私達が君よりも優れているだけって話よ」
イチは悪戯っぽい笑みを含んだ口調で言った。辺りの炎からは水のドレスが守ってくれるし、他の部分でもイチのサポートを頼って良さそうだ。
そう判断した私は攻撃のみに全神経を集中させ、一気にリーゼロッテの懐へ踏み込んだ。魔法はともかく杖の扱いはそれほどでもないのか、リーゼロッテの反応は遅い。それともそう感じるほど〈スタークン〉が効いているのだろうか。
ただ……リーゼロッテも悪気があって村を血の海に沈めたわけではあるまい。理由もわからぬまま理性を失って、狂気に囚われてしまっただけなのだから。
私はドレスの裾を翻し、全身に回転をかけて下方から伸び上がるように斬り上げた。両手に肉を断つ手応えが伝わり、リーゼロッテが悲鳴を上げて後方へバランスを崩した。
「ごめんね」
小さくそう告げて、私は両手の短剣を、彼女の胸元目掛けて振り下ろした。
「……っ、カナタ!」
その時不意にイチが警告の声を上げ、同時に銃声が響いた。銃弾は私の足元の土を抉り、それに気を取られた一瞬の隙、リーゼロッテの薙いだ杖が私の脇腹を捉え、私は勢いよく吹き飛ばされた。
「うぅ……」
痛みを堪えて身を起こすと、肩で息をしながら顔を歪めているロイヒテンがいた。どうやらこちらに味方してくれるわけではなさそうだが、息の切れ具合から察するに、立ち去ってしまった後、思い直して急いで駆け付けたようだ。
「……リズ」
掠れた声で呟いて、彼は私に銃口を向けた。
「リズ、逃げろ!」
今度は絞り出すような声で叫び、銃口が火を噴いた。私の頬を灼熱が駆け、溢れ出した血が生温く伝い落ちた。私に傷を負わせたのはその一発だけで、彼はどうやら散弾ではなく、スラッグ弾を使っているようだった。
「あれぇ? お兄ちゃん?」
リーゼロッテは少し驚いたようにそう言って、首を傾げた。持ち上げられた炎の杖はロイヒテンに向けられ、彼女は薄く笑った。
「お兄ちゃんも殺されにきたの?」
ゴウッ!
次の瞬間、一際強烈な炎がロイヒテン目掛けて迸り、目を見開いた彼の身体を勢いよく飲み込んだ――かに見えた。
「ロイヒテン、女の子の顔に傷を付けた罪は超重いからね」
ロイヒテンを庇うように彼の前に立ったイチが、白く煙る氷の壁を打ち立てながらそう言った。氷の壁は水蒸気を吹き上げながら、それでも美しく堅牢に彼女達を守っている。
「カナタ、大丈夫?」
大して心配もしていないような軽い口調で、イチが尋ねた。
「うん、平気」
私は頷いて立ち上がった。短剣を構えて、リーゼロッテに向き直る。ロイヒテンはイチが抑えてくれるだろう。