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 がやがやと騒がしい食堂そばの全体掲示板の前で、人の波に抗いながらその張り出された紙を下から覗き込んでいく。

 二十、十九、十八……と進んで行き、六と書かれた数字の横にローザリア・ルレアスの名前を見て、五番に最近フォルと最近よく話している男子生徒の名前を確認し、四の横にアニー様の名前を見つける。そして……

「……一位」

 私が見ているのは冬のテストの順位表だ。各科上位二十名だけが張り出されるその用紙で、私の名前は一番上にあった。

 一点差でフォルの名前が下に続き、その後がおねえさまだ。私は実技がフォルより少し下だが、筆記が満点でなんとか僅差で総合一位らしい。

 一位ではあるが、重要なのは実技だ。実技だけ見ると二位であるので、まだまだ精進が必要だという事だろう。……かなり、頑張ったのだけど。

 もっと修行が必要だ、と気を引き締めなおし、ちらりと隣にある騎士科の順位表を覗き込む。上から王子、ガイアス、ルセナ……あれ? いつも三位以内に入っているレイシスが、五位だ。四位にピエールがいる。実技は普通のようだが……珍しいな、レイシスがこんなに筆記を落とすなんて。

 いや、めずらしいというより、おかしくないか……?


「また、アイラが一位ですわね!」

 隣にいたおねえさまが嬉しそうに私に声をかけてきたことで意識が戻り、慌てて私は視線を医療科の順位表へと向けた。

 おねえさまはしかし、自分達の順位よりも少し下の方を眺めていた。どうしたのだろう、と首を傾げていると、混んでいますし下がりましょうかといわれて、そのまま手を引かれて私達は人混みを抜け出す。

 今の時間はお昼である。ランチボックスを買いに行きましょうという話になって掲示板から離れると、フォルを見つけた。

「フォル、トルド様」

 フォルと一緒にいたのは、医療科の試験で五位だった男子生徒だ。トルド・ベルマン。ベルマン伯爵家の子息で、夏以降めきめきと頭角を現してきた生徒だ。

 アニー様が目立って成績を伸ばしていたのでその陰になってしまったが、次いで成績がよかったローザリア様をとうとう抜いてしまった彼は次に私達のいる班に入り別授業を受けるのでは、といわれているらしい。おねえさま情報だ。

「ああアイラ、ラチナ。もう順位表は見た?」

「ええ、フォルセは?」

「見たよ。アイラ、一位おめでとう。また負けてしまったね」

「実技はフォルが一位よ」

 会話を交わしながら、順位表に集まる人たちの邪魔にならないように道の端に移動する。

「それにしても、アイラ殿は良く筆記で満点を取れましたね。あの、スウェルの見分けはどうしたのですか?」

 トルドが首を傾げながら私を見る。スウェル、というのは、薬草だ。茎が女性の指ほどの太さと長さがあり、茎の周りに細長い葉がいくつか生える。使うのは茎で、潰して搾り出した汁は喉の炎症にいい。普通に出回っているし、少し山や森に行けば自生していることも多い珍しくない薬草だ。

 だが注意しなければいけないのは、他国にそっくりな姿形のスウェルもどきと言われる種類があることだ。この国の中では確認されてはおらず、そして本物のスウェルより繁殖しにくいのであるが、その汁の効果は何もない。ただの水分だ。

 つまり、効果があると思って摂取してもその汁はまったく効き目がないのである。

 今回、私達の国ではその『スウェルもどき』を見ないために教科書にも注意点が載っていないのに対し、テストでは皆に順番に二種類のスウェルが配られ、「本物はどっちだ」という非常にいじわるな問題があったのだ。

 もっとも、スウェルを普段から良く見ていればその違いに気づけるのであるが、あれは私もびっくりした。

「あれはね、茎の断面を見れば一発なんです。スウェルの維管束は大きめで輪になっていて、見やすいんです。対して、スウェルもどきは輪自体が見にくい。汁の出方も随分と違います」

「ああ、断面は見なかった。葉ばかり見ていました」

「盲点だったなぁ」

「まあそうでしたの……」

 私の説明でトルド様とおねえさまがしきりに頷いて見せた。フォルもメモをとっているところを見ると、フォルが筆記で落とした問題はこれだったのかもしれない。

 維管束とは、植物の水分と、葉で作られた栄養と魔力の通り道を纏めたものの事である。

 この世界の植物が前世の植物とつくりが一緒かどうかは、私が前世の理科の記憶なんてさっぱりない為わからないが、今は常に植物を見続けているのだ。今回は、スウェルもどきの存在を聞いた事があったのと、普段からスウェルの茎の断面を「どこを魔力が通ってるんだろう」と観察していた私にはラッキー問題だったといえる。

「そういえば今回の実技が難しかったですわね、やはり怪我の治療より、目に見えない菌をやっつける病気の治療のほうが難しいですわ」

 やっつける、のところでまるでパンチを繰り出すような動きをしたおねえさまが可愛らしくて笑いつつ、頷く。私も病気の治療は少し苦手だ。菌やウイルスは目に見えないし、怪我の治療よりゆっくり正確にやらなければならない。

「自分の魔力を制御して治療部分に当てて、違和感のある場所を少しずつ治療していけばいいよ。意外と放出する魔力を限界まで抑えたほうがわかりやすいんだ」

 今回ほぼ完璧な治療をして見せたフォルの説明に、この場にいる残り全員がほうほうと頷きながら手のひらに僅かな魔力を生み出し感触を確かめ始める。医療科の魔力操作は非常に細かい。フォルの正確な魔力の生み出しはぜひ参考にしたいものであるが、魔力の調整に限っては自身の努力だ。

「学園にある病気にかかった植物で練習しよう」

 手を握ったり開いたりして魔力を確かめていたトルドが、がっくりと項垂れたあとああと身体を起こした。

「そろそろ行くよ、君達はこの後特殊科の授業だろう?」

「また年明けに」

「ああ、無事にメシュケットの鐘の音を」

 今日の午前で医療科の授業は一旦長い休みを迎えることになる。三週間程の冬休みだ。

 その期間実家へと戻る人もいるし、私達特殊科のように授業が年越しぎりぎりまである科もあったりするのでそのまま寮で過ごす生徒もいる。

 冬休みの間に、年越しを迎える。この世界でもこの寒い時期に新年を迎えるのだ。

 先ほど言っていた「無事にメシュケットの鐘の音を」というのはこの国独特の「よいお年を」のような挨拶で、はるか昔他国との戦争が多かった時期、たくさんの人々が戦争に向かう中で、どうか無事に戻り、神殿で一年に一度だけ新年を迎えた時に鳴らす鐘の音を一緒に聞きましょうね、と願いをこめて人々が話したことが続いているらしい。

 この国では神殿というのは非常に目立たない。それこそ新年を迎える時にお祭り騒ぎし、鐘を鳴らすくらいで、他の季節は非常に静かだ。王家の光魔法を神の力を認めながら、人々は何かあると城に向かって手を合わせる。神をまつるのが神殿であるが、お願いがあるときに神頼みする人が極稀に訪れるくらいで静かなものだ。どちらかと言うと、一般の人より王家の人間が神殿に訪れよくお参りしているらしい。


「さっき騎士科によったのだけど、先生が返却するテスト用紙を忘れて職員部屋に取りに戻っているところだった。時間がかかりそうだから先に食べててくれってデュークが言っていたよ」

「そうなんですの? なら皆の分はどうしましょうか」

「自分達で買って行くって」

 今日はテストが返ってくる、というのが生徒の中でもメインイベントであるのに、忘れるとは騎士科の先生もなかなか忙しいらしい。今日テストが戻ってきても、解説は休み明けである。その間自分で間違った点を見直すようにというのがほぼどの科でも宿題とされるのだ。

 ランチボックスを買って、屋敷に戻る為にまたまだ人の賑わう掲示板の前を通りながら、ふとまたレイシスの事が気になった。

 若干天才肌であるガイアスと違い、レイシスは非常に努力型だ。時にガイアスを上回る事もあるレイシスが、得意の筆記であそこまで……と言っても点数的に二、三問のミスであろうが、落とすというのは考えにくい。レイシスは普段筆記が満点だったのだ。

 そういえば最近少しボーっとしていることが多かったかもしれない。話しかけるとすぐにいつものレイシスに戻っていたので、疲れているのかと心配したことがあったが、最近修行をちょっと気合入れすぎて、と苦笑していたのでそれでかな、と思っていたのに……。

 やっぱり、後で何かあったのか聞いてみようかな、と一人頷いて、私は屋敷へと戻った。



「おかえりなさい!」

 すっかり特殊科の授業を受ける為に昼間に屋敷で合流すると、「おかえり」が定番の挨拶となってきた最近、その中にアドリくんの声もある。

 少しずつ元気になってきたアドリくんは、昼ごはんを忙しい先生に代わり私達と食べるようになった。アドリくんは私達の買ってくるランチボックスを楽しみにしていて、昼見ている限りでは元気そうだ。夜はいまだにあまり調子がよくないそうだが。

 今日もアドリくんが特に懐いているガイアスとルセナの姿が見えると飛び込んで行き、元気に挨拶をしている。

「遅かったですわね」

「本当だよ、まさか返却予定のテスト用紙を忘れるなんてな。まあ最近年越しの祭りの警備の手伝いで先生が借り出されていたらしくて、忙しいみたいだがな」

 おねえさまと王子が軽く会話を交わしていると、その後ろから少し落ち込んだ様子のレイシスが姿を見せた。

 医療科の三人は先に食べ終えていたので、おねえさまがアドリくんの相手をし、私とフォルで騎士科四人組の為にお茶を用意していると、フォルが私の隣に並んで小さく声を出した。

「アイラ。レイシス、どうしたのかな。テストも少し珍しい成績だったよね」

「ああ、うん……」

 どうやらフォルも気づいていたらしい。ついわからなくて首をかしげてしまった私を見て、フォルもつられるように首を傾げる。

「悩み事、かな」

「どうだろう、少し前からおかしいなと思っていたんだけど、私も何も聞いていなくて……ガイアスならわかるかな」

「そっか……」

 小さな声でそんな会話を交わしていると、ふとレイシスと目が合った。その瞬間、レイシスは非常にわかりやすく、目を逸らす。

 思わず驚きで小さく「えっ」と漏らしたが、その声は楽しそうにはしゃいでいるアドリくんの声で掻き消え、隣にいるフォルにしか聞こえることがなかったようだ。

「……もしかして」

 呟くようなフォルの言葉に、縋るように「なに!?」と聞き返した私に、フォルはしばらく困ったように眉を潜めた後苦笑した。

「いや、ごめんわからない。……うーん、ガイアスに、聞いて見る?」

「うー……」

 唸りながら、頷く。レイシスは私にあまり相談をしそうにない気がする……と自分で考えて、ちょっと、いやかなり、落ち込んだ。

 昔はもっといろいろ話していた気がするなぁ……。



 丁度騎士科の四人が食事をぎりぎり終えた辺りで、テストを返すぞー、と先生が現れた。ガイアスと話すのは後でだなと小さく息を吐いて、テストを受け取る。十点満点で……う、七点。

「一位はデュークとガイアスだ。ちなみに最下位はレイシスとアイラ。どうしたお前らー」

 先生がいつものように書類に目を落としながら、なんでもないような風に言った言葉に、驚く。


 今回の特殊科の試験は、代表的な魔物である『ファイアドラゴン』を討伐するに必要な兵の構成を、最低限の人数で述べよ、という非常にシンプルのようで複雑な問題、一問だけだ。

 私がもっとも苦手とする部類の問題である。なんせ、前世でやった大好きなRPGゲームやオンラインゲームなら、前衛とー、回復職とー、魔法職とー、なんて決められた職やメンバーから選ぶ事ができるであろうが、ここは現実である。

 前衛としてどのような武器を使うどんな戦士何名をこのように配置して……なんぞ、私の脳内では処理しきれないようで、最近授業を受けながらも悩んでいた部分だ。ファイアドラゴンの子供一匹を一人で退治できるくらいの能力の戦士だけとする、というヒントはあるものの、難しい。

 もちろん答えは一つじゃない、というのが最大のポイントだ。決められた答えがある問題の方が、私は得意らしい。つまり先生の発言で驚いたのは私が最下位だったことではない。

 レイシスは、この系統の問題がとても得意だった、筈なのだが。授業中も、王子よりもすばらしい回答だと先生に褒められていたのに。

 レイシスをちらりと見ると、彼は俯いてテストを見つめるばかりで表情がわからなかった。

 ひょいと私のテスト用紙を覗き込んだガイアスが、ああ惜しいなと呟き、こうしたらどうだ、とアドバイスしてくれているのを聞きながら、私はまったく違うほうへと意識を飛ばしてしまっていた。


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