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「うああ負けた! おいデューク、もう一戦!」
「だめだ、お前は罰ゲームで全員分のお茶を淹れること」
ガイアスが手にボードゲームの駒を持ったまま大げさに嘆き、王子に再戦を申し込む。それをすげなく断られぶーぶーと文句を言うガイアスに、横で勝負していたレイシスが煩いと一喝し、その向かいに座ってレイシスと勝負していたフリップさんがくすくすと笑って見ている。
特殊科一年生が使う屋敷のいつもの部屋、夕食を終えた皆が、寮長であるフリップさんも加えてそれぞれ就寝までなぜか結局一つの部屋に集まるようになって一ヶ月。……いや、あの、村一つが壊滅状態に追い込まれた事件から一ヶ月たった。
ガイアスとデュークはボードゲームで先ほどまで勝負していたのだ。エレメンターというボードの上で数種類の駒を動かし勝負するものなのだが、これが意外と難しい。
基本四属性を模したもので、火、水、風、地の駒がいくつもあり、さらにそれぞれ王様、第一騎士、第二騎士、第三騎士と役割があって、交互に巡ってくる自分の順番で駒を上手く動かし、盤上のマスの上で相手の王様多く減らしたほうの勝ちだ。
もちろん精霊拳に似たような感じてこのゲームも火は水に弱く、などそれぞれに長所短所があり、マスがぶつかった時に弱いほうが負けとなるのだが、王様やそれぞれの騎士によって動きが違う為、駒の役割を理解するだけでも時間がかかる難しいゲームだ。
前世では本ばかり読んでいたせいか詳しくはないが、見た目はチェスに似た駒のように思う。ちなみに私はこのボードゲームは苦手で、今フォルとルセナ、おねえさまとシンプルにカードゲーム中だ。トランプに似たカードで、これまたばば抜きに近いゲームである。
「はい、アイラ集中してないと負けちゃうよ? 僕は上がり」
フォルがにこにこと私から闇カード(ジョーカーのようなものだ)を避けて水カードを引き抜き、勝利宣言をする。
えっ、と思った時には手にカードが残っているのは私一人。また負けだ。
「アイラは油断すると顔に出るから」
「確かに、わかりやすいですわね」
フォルとおねえさまがくすくすと笑う。私は手元に残った闇カードをひらひらと動かし口を尖らせた。ルセナまで頷いているのだから、なんとも面白くない。
三連敗である。なんだか闇カードが手元にあるほうがしっくり来る気がしてきた。
このカードゲームも、基本四属性に数字が書かれたカードに、光カード、闇カードが一枚ずつトランプのジョーカーのような役割で加えられているのだが、闇カードをはじくようなゲームが多い。ここでも闇は『わるもの』なのかとぼんやり考えながら、敗者として大人しくばらばらにテーブルに広がったカードをかき集める。私の隣にいたアルくんが、光を反射してきらきら光るカードをぺしぺしと叩いた。
ちなみにガイアスは負けて全員分のお茶の用意中だ。今は王子とレイシスがエレメンターで勝負している。フリップさんはその勝負を真剣に見ているようだ。あちらの四人は、エレメンターで遊んでいる事の方が多い。
エレメンターが一番強いのは王子だ。次いでフォルのようだが、フォルは一対一の対戦より皆で遊ぶゲームの方が好みらしくあまりそちらでは遊ばない。
「……負けました」
しばらくして、お茶も冷めた頃にレイシスが王子に敗北宣言をした。
カードゲームを休憩していた私達はそれを聞いて、また王子の圧勝かと盤上を見る。
「あ、今回はレイシスかなりいいところまで行ってたんじゃ?」
なんとなく盤上の様子からそうではないかと思い聞くと、レイシスは「いえ、デュークに勝てそうにもありません」と笑いつつ、真剣にどのような手がよかったのだろうと悩み始めた。
「いや、今回かなりレイシスは上手く攻めてきたぞ。レイシスは普段から王様狙うのが早すぎていい手を逃していたから、このまま一直線に相手の王様を狙うんじゃなく上手く弱い駒も巻き込むようになればかなり強くなるだろうな」
王子が冷め切ったお茶を飲みながら笑うと、レイシスは少し嬉しそうにいつか勝ちたいですねと駒を初期位置に戻していく。
「お、俺は俺は!?」
王子のレイシスへの評価を聞いたガイアスが手を上に伸ばしぴょんぴょんと主張すれば、王子はガイアスの顔を見たあと不敵な笑みを見せた。
「お前は状況がしっかり見えて、その先の手や流れを理解しているのに焦りすぎだ。例えば」
王子はレイシスが初期位置に戻していた駒を止めると、さっと駒をあちこちに動かしていく。
「後半で駒がこの配置になった時、お前はこの水の第二騎士に一旦手を掛けたのに、途中でやめてその横にあった火の王様の駒を動かしただろう。なぜだ?」
「んー、第二騎士を動かしたらこっちの風の第一騎士が動かせそうだったけど、やっぱ火の王様動かしたほうが早くこのお前の地の王様を取れると思ったんだよな」
ガイアスが王子が用意した駒を動かしながら言う。それで少し驚いた。王子は盤上を全て記憶しているのか……? 今さっき戦っていた相手はレイシスだというのに、その前に戦ったガイアスの手まで覚えているなんて。やっぱり全勝しているだけあるということか。
「ほら、そこだ。お前はやたらと強い駒から動かしたがる。だが、第二、第三騎士は弱いように見えてこのゲームの土台だ。これをこう、ほら、この位置に持ってくれば」
「ああ!」
私にはさっぱりわからないが、駒を動かしながら王子が説明するとそれを見ていたガイアスが大きく声を上げてなるほどと頷いた。……うーん、男の子のゲームに対する視線って、きらきらしてるよね。まあ、前世で漫画を見ていたときの私も代わらないのかもしれないけれど。
「殿下の評価は的確だな。二人の手を良く捉えている。でも意外だな、ガイアスが周りがよく見えていてレイシスが直線的な戦い方をするなんて」
「そうか? 二人とも元からそんなタイプに見えるがな。でも、とりあえず困ったら王様で直接攻撃しようとするところは同じだ。さすが双子と言ったところか」
フリップさんに続いて皆が感心したように頷くと、王子はにやりと笑った。
「ちなみに、ルセナは考える事に時間をかけすぎて相手にも時間を与えるのがマイナス点、ラチナは器用にやろうとしすぎて相手に手が丸わかり、フリップも同じくだ。兄妹だな」
「なるほどこれは手厳しい。妹と一緒か」
「おねえちゃんとフォルセは?」
王子が名前を出さなかった私達を、ルセナが首を傾げて尋ねる。すると王子はちらりと私達二人を見たあと、また笑った。
「この二人はわかりやすくて、わかりにくい。アイラは終始考えが読めない駒の動かし方をするが、優柔不断なのか甘いのか、迷って肝心なところで攻めきれずに負けるな。フォルは冷静にテキスト通りのような勝負をしてきたかと思いきや急に思い切った動きをするし、何より腹黒だ」
「腹黒って、失礼だな」
むっとフォルが口を曲げた。それを見てあははと皆が笑う。だが、私も微妙な表情になった自覚があった。ついむくれて、優柔不断って、と呟く。
「優柔不断は言い過ぎたか。そうだな……アイラは水みたいだな。あるのに形がない。来たと思えば冷たく通り過ぎる。かと思えば、容器に入ってしまえばその形に収まるんだろうな。そしてまた、零れて形を消す」
「……え?」
なんだかゲームの評価に聞こえない上に、例えが多くて首を傾げると、手の中で水を模したうねる波のような駒をくるりと回した王子は「案外水のエルフィかもな、試してみたらどうだ?」と私の耳元でこっそり呟いた。
フリップさんが部屋にいるから配慮なのであろうが、耳元で喋られるとくすぐったい。思わずぶんと上に手を振り上げた時、王子の顎に腕が当たってしまい、盛大な笑いが起こった中で私はひたすら王子に「ぎゃーごめんなさい!」と謝る羽目になったのだ。
「水のエルフィかぁ」
解散となったので部屋にアルくんを抱いて戻り、アルくん用のふわふわのブルーのクッションの上に彼をおろすと、私はぽそりと呟く。
「アルくん、でも、私植物の精霊以外見えないんだよね」
だいぶ眠くなってしまったらしいアルくんは、うとうととしながらも「そのうちきっと他にどの精霊とお友達になれるのかわかるよ」と返事をしてくれた。
そうだといいけどな、と思いながら部屋に備え付けのシャワーを浴び、レミリアが用意してくれていた寝衣に袖を通す。
髪は長い上に癖がある髪なので、放っておくと乾くのに非常に時間がかかるが、そこは便利な魔法でぱっと適度に水分を飛ばし、私は大きく伸びをした。
ふと一人になると、玩具を見つけた子供のような目をした男を思い出してぞくりとする。あれから一ヶ月もたつのに、簡単に忘れられない出来事だった。きっと皆も何か感じているから、夜はああして一つの部屋に集まるのかもしれない。
あの事件の後、非常に心配して私達を出迎えたフリップさんの案で夜を共に過ごすようになったのだが、習慣となった今では集まらないと落ち着かないくらいだ。
もちろん夜遊ぶ分昼間は思いっきり勉強に力を注いでいるのであるが、あそこならわからないところがあっても誰かに聞けるのがいいのか、最近勉強が楽になったんじゃ、と感じるくらい成果を残している。
なんだか合宿みたいだ、と考えていると、いつの間にかぞくぞくとしていた身体にきちんと熱が戻ってきていることに気がついて、私はアルくんにおやすみと声をかけてベッドに潜り込んだ。
あれから、王子がたまに情報を教えてくれる以外は、あの事件の事はあまり話題には出ない。
私の前であれ程饒舌だった男は、何をどうしたのか自分の記憶を意図的に消してしまったらしく、今では何も覚えていない人形のようになってしまったようで調査ができないそうだ。
もしかしたら組織では、情報漏洩を防ぐ為に予め記憶消去を行うような対策がなされていたのかもしれない。
操られていたあの村の村長の娘は、自我を取り戻すことなく今だ暴れているそうだ。強制的に栄養を摂取させているが、自分で食事を取ることができず、長くないかもしれないとのことだった。なんて、惨いのか。
そして不思議な石に捕らえられた精霊であるが、協力を仰いだ地のエルフィが王都に到着する前に、ある日あの出られない筈の石の中でふっつりとその存在を消した。もうエルフィは王都傍まで来ていて、助け出そうとした矢先にそうなってしまったようだが、どうしてそうなったのかすらまだ何もわかっていないらしい。
あれほど持ち帰ったものが多かったのに、何も得られなかった。その事を重く受け止めた王は、ジェントリー家の暗部に協力を仰いだようだ、とガイアスから聞いた。
私の知らないところで何が起きているのかはわからないが、そんな事を考えていた私はゆっくりと睡魔に負けて身を委ね、夢の中へと落ちていった。




