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「アイラ! 悪い、待たせたか?」
「お嬢様、申し訳ありません!」
ばたばたと走ってきた二人に、笑ってひらひらと手を振る。ほっとした様子を見せたガイアスとレイシスだが、私の傍にいるローブに包まれた人間を見て、眉を顰める。
さっと駆け寄ったガイアスが私の腕を引き、レイシスがかばうように前に出つつお嬢様? と声をかけてきた。
最近レイシスが以前のようにアイラちゃん、と呼んでくれなくなりました……。がっつり敬語だし。まぁ、真面目なこの子らしいといえばそうなんだけれど。レイシス曰く「ガイアスがおかしいんです」だそうだ。幼馴染なのに、若干寂しい。
「お客様よ。お腹がすいているみたいなんだけど、うちで食事を召し上がっていただくことにしたの」
私の言葉に、レイシスが少しばかり目を見開いた後、ローブの人間を見る。
「おいアイラ、誰だよこいつ」
私の口調から空気をまったく読んでくれないガイアスが訝しげにローブの相手を睨むのをぺしりと頭をはたいてやめさせる。
「いって! なんだよ!」
「ばかね。よく見なさいよ」
大げさに頭をさすりつつ再度視線を動かしたガイアスが、少しぎょっとした顔をしたのを見届けて視線を戻すと……少年は思いっきり警戒していた。
「あ、大丈夫です。この二人は私の家の……あれ? そういえば自己紹介まだでしたっけ」
はたと気付いて、私は慌ててスカートをつまみ上げ膝を落とし完璧な淑女の礼を取った。うん、遅いけど。
「アイラ・ベルティーニと申しますわ。怪しい者ではございません。このお店は、私達ベルティーニ商会で展開しているお菓子ブランド『ベルマカロン』の店舗ですわ。この二人は幼馴染で護衛をしてもらっておりますの」
むず痒くなるが母に叩き込まれた令嬢らしい振る舞いを思い出しつつ言えば、ローブの彼ははっとしたように顔を上げた。
「あの、……有名なベルティーニ商会のご息女でしたか。僕は、」
小さく発せられた透き通った声に聞きほれそうになりつつ、いえ、と言葉を遮る。
「今ここでは詳しいお話はしないほうがよろしいでしょう。一度私の屋敷で父とお話になってみては」
私の提案に、ほんの少し思案した彼はゆっくりとフードの陰からその銀色の瞳を私に向けて、頷いた。
美少年お持ち帰りになりました。
「アイラ、奥様には?」
「うん、ちゃんと言ってる」
店から帰る道すがら、ガイアスにされた質問に目を合わせて端的に答える。
ガイアスは『ちゃんと客を連れて帰ると言ったのか』と聞いたのだ。それに対し『うん、ちゃんと銀髪で銀の瞳の同い年くらいの子を連れて帰ると連絡した』という意味で返事をした。
まぁガイアスにちゃんとそこまで伝わっているかどうかは別として、それ以上聞いてこないのだからそれでいい。
どうしてこんな短い会話なのかと言えば、私の能力のせいである。
『緑のエルフィ』は特殊だ。普通のエルフィは、水の精霊や火の精霊からほんの少し力を借りて、普通の魔法使いより種類が多く魔法が使えたりする、のであるが、緑のエルフィは『植物を操り』『精霊の知恵を借りる』事ができるのが大きな特徴である。
故に、薬師に向いているのであるが……自然を味方につけている緑のエルフィはやはり普通のエルフィから見ても羨望の的となる。羨望というものは、暗い感情と紙一重だ。故に、緑のエルフィはその能力を隠すことが多い。
私も屋敷では普通にしているが、外では自分の能力を見せたりはしていない。私は母への連絡手段に、植物の精霊に連絡を頼むという手段をとった。母と約束している連絡法だ。
そして、お客の特徴を詳しく伝えたのは、どう見てもワケアリだから。早めに連絡しておくに越したことはない。
幸い、店から家までは緑に囲まれているので精霊はそこかしこにいる。うちは、街からほんの少し離れた森を切り開いた土地にあるのだ。もちろん鬱蒼としているわけではなく、馬車が通れる程度は道は開いている。さすがにアスファルトではないけどね。
歩いてもそんな長い距離ではない。すぐにうちにつくが、念のため……だったのだけど。
「……嫌だわ。ガイアス、レイシス、お客様よ」
「は?」
私の言葉に間抜けな返事をしたのはガイアスの方。レイシスはすばやく私の背後に立ち、周囲を警戒する。その様子を見て、不思議そうに私を見た例の少年と、はっと焦った様子を見せたガイアスがぴりりとした空気を纏う。
「こんなよいお天気なのに、真っ黒な衣装に身を包んだ男が二人。二人とも、ここで火と氷の魔法を使うことは許さないからね」
「仰せのままに、お嬢様」
「任せとけ」
相手の人数、見た目まで特定したせいか、美少年が驚いたように息を呑んだ後、ぐっと唇をかみ締める。
「みんな、逃げてくれ」
聞こえた、透き通った声に、私達三人はその声の主を見つめる。なんだその、狙われた王子様が仲間を逃がすようなよくあるテンプレな台詞は。
「……なぜ?」
その先が予想できそうな気はしたが尋ねてみると、やはりというか。
「やつらの狙いは僕だ。僕が……」
「僕がここに残るから君達は逃げてくれ、って?」
続くテンプレの台詞を遮るように被せれば、ぎょっとした美少年が私を大きく見開いた目で見つめて来た。うん、テンプレだからね。
「うちのお店はお客様を見捨てるような接客はしていないわ。ガイアス、レイシス。大丈夫よね?」
「もちろんですお嬢様」
「おうよ」
ひゅ、と腰にある剣を鞘から抜いた二人が、その剣を余裕の笑みを見せながら構えるのを焦った様子で美少年が止めに入る。
「あ、相手は魔法使いだ! 君達がどうにかできる相手じゃ……」
しかし、二人はそのまま、表情をすっと真剣なものに変える。気配を捉えたのだろう。少し遅れて美少年もさっと顔色を変えた。
む、この距離で相手の気配を掴むとは、この子そこそこ強いんじゃ?
「アイラが俺達に任せるってことは、大丈夫ってことだ!」
ガイアスが左側の森に身体を向けると、走り出した。
すぐに木々の間を縫うように走りこんできた男二人が、ばっと左右に分かれる。
私の後ろから身体をずらしたレイシスが目を細め小さく口を動かし、呪文詠唱しだしたのを確認しながら周囲を見渡す。
剣を持って飛び込んだガイアスに一人の男が対峙したのを確認して、私も小さく口を動かした、その時。
「風よここに! 風の刃!」
レイシスが叫んだ直後、私達の真正面に馬鹿正直に突っ込んできた男が大きく横に飛んで逃げた。
いや、逃げようとした。
「ぐはっ」
低い、空気が抜けるような声。レイシスがさらに畳み掛けるように剣を繰り出すが、腹を押さえた男が剣を構え応戦する。
……レイシスはガイアスより剣が苦手だ。
ちらりと視線を動かせば、ガイアスはほぼ互角に男とやり合っている。ガイアスは強い。まだ魔法を使っていないのに互角に戦えているのであればあちらは問題ないだろう。念のため私が唱えていた守護魔法をガイアスの傍で発動し、レイシスに視線を戻す。
いくら日々の練習を怠らず飛びぬけているとは言えど、私達は子供だ。油断してはいけない、とは師である彼らの父の言葉だ。
レイシスの動きを良く見つつ、呪文を唱える。レイシスが恐らく私の意図に気付いたのだろう、大きく後ろに……私達の傍まで戻る。同時に飛び込んできた男に私は両手を振り上げた。
「雷の花!」
男の、先ほどレイシスにつけられた傷の中心に大きく光の玉が現れる。びくっと男が仰け反り間を取ろうとした瞬間、玉は花開く蕾のように広がり、男に絡み付いた時には……
「ぎゃあああああああああああ」
劈くような悲鳴が辺りに響き渡る。
「あっ、おいこら待て!」
私の魔法でひっくり返った男を乱暴に掴み上げ、ガイアスが相手をしていた男が私達から大きく飛びのいた。
「あら、逃げちゃうみたい」
私の言葉に、小さく舌打ちをした男は仲間を担ぎ上げ、来た方角とは別の森の中に飛び込んでいく。
「待てこら!」
「ダメよガイアス!」
後を追おうとしたガイアスを止める。
すでに敵は森の中だ。が。
「『大人』が間に合ったみたいよ。すぐに捕まる」
私の言葉に、ふう、とため息をついたガイアスとレイシスは大人しく剣を収める。お疲れ様でした、やはり二人は強いなあ。子供が大人に対抗できるのだ、相当修行に苦労しているだろう。
ほっとした空気が流れた中、小さな声でまさかと呟いたのは例の美少年だ。
「君たちは……発動呪文の魔法を使えるのか」
発動呪文の魔法。ただ軽く風の流れを操ったり、小さな火を起こす様なものではない。明確な攻撃の意図を持っているような、大きな威力の魔法の事だ。「風の刃」「雷の花」などがそれにあたるのだが。
「あの威力はそこらの大人より強いなんてもんじゃない……!」
驚愕の表情を浮かべている少年に、苦笑する。
「とりあえず、ここにいるのも何ですしうちにいきましょう?」
「お、俺だって使えるんだぞ! 発動呪文!」
一人魔法が披露できなかったガイアスが騒いでいるようですが、いい加減私もお腹空きました。




