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 そろそろ冷えてきたなぁ、と上着を手にしながら考えつつ、アルくんに行ってきますと手を振って部屋を出る。

 丁度ガイアスとレイシスも部屋を出てきていたので、そのまま下に下りるといつもの部屋の前にフォルがいた。

「おはようフォル」

 挨拶をして一緒に入れば、ふわりと香る焼きたてのパンの匂いと、おいしそうなスープをテーブルに並べているレミリアと王子の侍女の姿が見えた。テーブルには他にも美味しそうなサラダもあって、見ると急にお腹が空いてきた気がするから不思議である。

 レミリアたちに挨拶をされて返せば、王子の侍女がきびきびと仕事を終えるとさっと部屋を出る。王子を迎えに行ったのだろう。

 住み込みで働いている侍女はレミリアと王子の侍女が一人、グロリア兄妹の侍女一人と、ルセナの家の侍女が一人だけだ。意外であるが、公爵家長男であるフォルは侍女を引き連れて来ず、王子の侍女であるパルミアさんが兼任しているようだ。聞けば、王子がそう手配したらしい。兄弟のように育った二人の教育係だったそうだ。

 その辺りの事はよくわからないが、なんとなく良くフォルのおうちの人はそれで許したなぁとほんの少しだけ気になった。淑女科の生徒なんて、侍女の質で張り合ったりしているのだ。到底私にはわかる感情ではないが、貴族とはそういうもので張り合うのが好きなのではないだろうか。学園で連れて来る侍女に制限も設けているし……

 まあ、パルミアさんを見ればフォルも一緒に世話する理由もわかるような気がする。常に「殿下」「フォルセ坊ちゃん」と動き回るパルミアさんはまるで二人の母親である。フォルは自分のことは自分でする派らしいしね。

 ちなみに、アーチボルド先生はこの時間に絶対いない。寝てるらしい。夜型か……見たまんまである。


 みんなが部屋に集まったので朝食を揃って食べ、一息ついたらそれぞれ午前の授業の為に立ち上がる。

 私もフォルとおねえさまと一緒に教室に向かって、アニー様と合流していつも通り新しい薬の勉強や回復魔法の練習をする。


 これが、寮から屋敷へと引越しをして一週間程たったが、毎日の流れとなった。最近では魔力を貰いにくる精霊の数も減って、平和だなあと日々を過ごしている。


「おお! 我が女神ではないですか!」

 午前の授業を終えて食堂に行こうかとしていたところで声をかけられて振り返ると、けらけら笑ってるガイアス、なんだか苦い顔をしているレイシス、眠そうに教科書を抱えているルセナと毅然と歩いている王子の集団の先頭に、青い髪の少年がいて。

「ピエール」

 そう、ガイアス達と同じ騎士科のピエール……なんだっけ、じゃん・そわるー……だったな。

「ええと、ジャン、」

「いえ、僕はピエールですとも!」

 私がまごまごと名前を言いなおそうとしたら、その愛称は気に入っているのですと胸をはられた。なんだか微妙に罪悪感が……ピエールはもとからこんなキャラだっただろうか、第一印象とだいぶ違うのは気のせいか。

「ぴ、ピエール。どうしたの」

「こちらをおすそ分けに!」

 ピエールが差し出してきた桃色の小さな袋を受け取って持ち上げる。軽い。

「なあに?」

「ベルマカロン社のマシュマロですよ! さすが我が女神のご実家、素晴らしいお菓子でした」

 どうぞどうぞと言われて、ありがとうと受け取る。今度お薦めをお礼するねと言ったらピエールは非常に嬉しそうに笑った。ベルマカロン人気あるね、嬉しいことです。

「こちらのお菓子今話題でしたよ。なんでもキスの感触とか。同時に『キスで作るあなたのお薦めマシュマロレシピ募集!』というのをやっていたせいか学園の店舗ではマシュマロが売切れ続出でしたね」

 ピエールに言われて、そういえばサシャがそんな企画をすると手紙をくれていたなと思い出す。なんだか楽しそうだし、後で覗いてみようかな。

「いいの? せっかく買えたのに」

「もちろんです、もちろんご存知とは思いますが、新作のジャム入りマシュマロですよ。皆様で召し上がってください」

「そっか、ありがとう!」

「どういたしまして我が女神!」

「その女神やめようね」

 ピエールとその場で少しだけ話した私達はそこで別れ、いつものランチボックスを購入して屋敷へと戻った。

 食べ終えた皆にマシュマロを配ると、王子がそういえばと眉を寄せた。

「ジャンが言っていたあれはなんだ? これがキスの感触とか」

 その言葉で、ルセナが顔を赤くし、フォルが苦笑しつつ説明の為に口を開く。

「どうやらこのお菓子はキスの感触、という話らしいですよ。ベルマカロンでもそう売り出しているみたいだし。ね、アイラ」

「うんうん!」

 こくこくと返事をすれば、王子がなるほどとそれを口に運んだ。

「やわらかいが……そうか、それで前アイラはフォルの口がマシュマロより柔らかいとか言っていたのか」

「なぜ思い出したんですか、今ココで!」

 余計な事を! と王子を睨めば、王子はにやにやと笑って「美味いな」と話を逸らした。うちのお菓子はおいしいんです。

 それにしてもこの新作、カーネリアンからも美味いと手紙は来ていたが、おいしい。ジャムがほんの少し酸味があるのだが、それがマシュマロの甘さと合わさってなるほど甘酸っぱい恋の味とか売り出していたわけだ。今度買いに行こう……その時ピエールにお礼として私が好きなケーキを何種類か買っていこうかな。

 あ、アニー様も新作を楽しみにしてくれていたから、買っていくのもいいかもしれない。

 そういえば、大会の後からピエールもそうだが、他の生徒とも話す機会が増えた。医療科だけではなく他にも騎士科と兵科にたまに挨拶を交わす相手が増えてきたので最近少し廊下や食堂への道のりを歩くのが楽しかったりする。

 試験終了の打ち上げパーティーの時に話をした、実家がベルマカロンを手伝ってくれているというリラマさん達も、廊下で会えば一緒に話をする仲になったことで学園での世界が少し広がったような気もする。それは、最初まったく気にしていなかった筈なのに今はなくてはならない大切な繋がりに思う。


 ご機嫌にマシュマロを口に入れたとき、王子が思い出したようにあっと声を出した。


「今日の授業、外でやるらしいぞ」

「え? 外って、学園の外ですの?」

 おねえさまがマシュマロを唇の上にふにふにとのせながら問うと、王子はそれを見てほんの少し目を泳がせつつも「いや、王都の外だ」と言う。男子の想像力はたくましいようだ。

 おねえさまが、キスってこんなに柔らかいんですの? と可愛らしく私に笑みを浮かべてくれるのだが、経験のない私の脳裏に浮かんだフォルの唇ふにふに事件はさっと消し去って「どうでしょう」と微笑んでおいた。

「王都の外って、なんでまた……」

「学園の東の森にある採集の任務が来てる。それを授業ついでにやるそうだ」

 採集……? 東の森か。そこならもしかして、と考えを巡らせて、王子にその依頼書類を見せてもらう。


「ジカルの実の採集ですか」

 依頼用紙に書かれていたのは、ジカルという森の中に多く見られる木の実の採集だった。背が高い木で枝が上の方にしかなく、実がやわらかく落ちるとつぶれてしまうので収穫が少し難しい。

 綺麗な状態で手に入れた実は水と数種類の薬草、数滴の酒と一緒に漬けておくととてもよい滋養強壮の飲み物になるのであるが、落ちた実は根こそぎ潰れるせいかその採集が難しい為あまり出回らないものだ。

「ジカルの実ってなあに?」

 ルセナが不思議そうに首を傾げる。彼は騎士科だから授業でも習わないし、聞いた事がなかったのだろう。

 簡単に説明すると、なるほどと頷く。

「それなら僕の防御魔法とか、レイシスの風魔法でもなんとかなりそうだね」

「垂直に風歩を使っても上の枝に届くかもしれないしな」

「でもそれだと枝を揺らして落ちてしまわないかしら。私も実際の木を見るのは初めてなんですよね」

 おねえさまが本に載っているジカルの実を見ながら首を傾げる。

 みんなの視線が自然と私に向けられて、苦笑した。

「ジカルの木は相当魔力を上手くコントロールして風歩を使わないと大抵は衝撃で実が落ちちゃいますよ、この時期は熟しているのでなおさらです。元々落ちた時果肉が潰れてむき出しになった種が土に埋まるようになってますから」

「アイラは見たことがあるのか」

「ドリンクを作っていたので。私は普段使いませんが、植物を操るのが得意なので、採集はいろいろやりました。枯れ葉で受け止めたり他の木の枝を伝って取りにいったり」

 そう答えると、ガイアスがああと納得の声を出した。

「毎年奥様とアイラが作って出してたあれか、すごい甘ったるいくさいやつ」

「失礼じゃないかガイアス。あれは身体にいいと奥様とお嬢様が心を込めて作っているんだぞ」

 レイシスが抗議の声を出す。が、彼も一瞬微妙な顔をしたのは見逃さなかった。あれはレイシスが表情に出すほどに、本当に甘い上に飲みにくい匂いなのだ。私もあれを思い出すと少々食欲が失せそうになったりする……もちろん母にはいえないが。

 お菓子に使えるかなと思ったのだが、果汁がとてもどろりとしていて甘さが喉に張り付き、それなのに匂いが少しスパイシーな香りの為断念した。サシャは諦めていないようだけれど。

「アイラが経験者なら大丈夫そうだな」

「あ、それなんですけどデューク様。早く終わったら時間がほしいんです」

 私は依頼書類を元通り束ねつつ、王子と目を合わせる。

「実は最近精霊がやたらと虫の多さに困っていて。どうやら果実や種を食べられているみたいなんですけど、少し異常に思うんです。でも普段歩いていてそこまで虫が多い感じはしないし……」

「調べたほうがよさそうなのか」

「はい」

 王子の発言は、嫌そうというものではなくてただの確認のようなので素直に頷く。

「種を食べられては、来年以降の植物が減ってしまいます。葉を食べられるのならわかるんですけど、実を食べる虫が大量発生してるなら駆除対象ですよね?」

「そうだな。そういえば王都周辺でそういった報告が城に上がっていた気がするが……そこまで多かったのか」

「人が栽培している実というより、自然の物の方が多く被害にあっているみたいですよ。精霊達の話ではですが。あ、アルくんも呼びます」

 そうか、と王子が呟きながら眉を寄せる。

 それを見ながら窓に近寄り、外に身を乗り出してぽんと私の魔力を私の部屋の辺りの窓の傍に寄せると、すぐに精霊の姿で窓をすり抜けてアルくんが姿を見せた。

 だいぶ慣れたがやはり姿はどう見てもサフィルにいさまである。そのそっくりな笑顔でなに? と尋ねてくるアルくんに、東の森に虫を調べに行くといえば快く頷いてくれた。精霊のアルくんなら細かい異常にも気がつくだろうと、以前から調べる際はついてきて欲しいとお願いしていたのである。

 虫を調べるのは非常に気が進まないが、精霊が困っているから仕方がないと自分を納得させる。

 その結果をこちらでも城に報告していいかと王子に聞かれて、もちろんと答えつつ全員が食事を終えたのを確認した私達は、外出の為の準備に取り掛かった。


アイラは虫嫌い設定ですが、虫のすべてを否定する意図はありません(笑)

Gさんは嫌ですけどね……。

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