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「いらっしゃいませー!」

 チリンチリン、と、雑貨屋さんで買ったドアベルが鳴り、お客様が入ってくる。

 外はとてもいいお天気で、差し込む光は暖かい。午前はお店の手伝いをした後、午後から魔法の練習の予定になっている今日。

 すでに昼飯時の今、丁度お客様が途切れる時間帯だった為に若干抜いていた気を引き締め笑顔で挨拶する。


 ここは屋敷にあった最初の店ではなく、街に作った第一号店だ。屋敷の店は改装もせず必要なものだけを部屋に持ち込んだ店構えであったが、ここは父が新しく開いていた家を買い上げ、お菓子屋さんとして使いやすいように改装してある。

 小さなケーキ屋さんを思わせるそこには、私の提案によりショーケースが並べられ、今や商品も増えて色とりどりのお菓子たちがまるで宝石のように飾られていて、室内に初めて入った女性客などは興奮してしばらく眺めているだけの事もある……が。


「えーっと……お客様?」

 現れたお客は、私と同じくらいの背丈でローブを着ており、深くフードを被って俯いていた。正直に言おう、怪しいことこの上ない。それうちの自慢のお菓子が見えてませんよね? 視界床しか映ってないよね?

 しばらく見つめ合う……ことはできなかったが、動かないその人物を見つめること、数分。

 とっくに思考が、今日やろうと思っている魔法練習に向いていた頃だった。

「何か、食べるものを頂けないか」

「は?」

 突然聞こえた、まるで水琴のような透き通った声音に、脳内で前世プレイした某ゲームのような魔法って使えるかしらと描いていた魔力の流れを慌てて打ち消したが、つい間抜けな声を出してしまう。

「持ち合わせはこれしかないんだけれど、何か食事を」

「え、ちょ、え?」

 差し出された手に慌てて手を伸ばすと、手のひらに落とされたのはずっしりとした重みのあるブローチで。

 思わずまじまじとそれを見つめて、ぎょっとする。

 こ、これ、相当お高いものではないか!?

 真ん中に大きく赤い石、そしてその周辺を透明だが美しく輝く小ぶりの石が規則正しく並び、金の縁が蔦のように取り囲んでいる。そして下の方にはしゃらしゃらと細い鎖に繋がれた緑色の美しい玉石が輝いていて……頭に過ぎるのは「ルビー! ダイヤ! エメラルド!」とか高価な石で、慌てて突き返す。

 何より、微かに感じるこれは……

「こ、このようなもの受け取れません」

「だが、それしか持ち合わせが」

「これには守護の魔法がかかっています! どのような経緯でお持ちになっているのかわかりませんが、大事な物なのでしょう!?」

 私が無理矢理手を取って持たせたところで、驚いて顔を上げたために相手のフードがぱさりと背中に落ちた。

「っ!」

 美しい、銀色の瞳と視線がぶつかる。思わず息を呑むと、さらさらと眉の下まで伸びた前髪も美しい銀色だという事に気付く。

 呆然とその美しい色を見つめていると、瞳孔は紫苑色なのだ、と今そこはどうでもいいだろうと後から考えると突っ込みたくなるような事が頭に浮かび、その視線を外せなくなる。

 中性的に見えるが、恐らく男の子だ。私と同じくらいの。しかし嫉妬したくなる程美しい白磁の肌に、整った顔立ち、そして先ほどの透き通った声音。全体的に薄い色素が儚げに見せ、そして整いすぎた容姿は少しの冷たさを帯びる。

 なんて、なんて……


 乙女ゲームに出てきそうな現実にはお目にかかれないタイプなんだ!


 この子間違いなく将来超美形になるよなぁ、ポジション的には優しいお兄ちゃんタイプ? それとも可愛く甘える弟タイプ? うわーそれにしてもまつげまで銀色ってすごい綺麗だなぁ、朝露で光ってるサフランの葉っぱみたい!

 私が脳内で自分の物差しで彼を判断している頃、困ったような表情をした彼が先に視線を外した。

 そこで漸く現実に戻ってきた私は、ええっと、とつなぎの言葉を出しつつ思案する。


 食事。彼は食事と言った筈だ。しかしなぜ現金を持たず、お菓子屋に彼は現れたのか。

 ふと、彼のローブから覗いた袖口が、上質な布で作られた衣装である事に気付く。先ほどのブローチといい、身に纏う服といい……


「……わかりました、ちょっと待っててもらえますか?」

 私はそう目の前の人物に告げると、奥に引っ込んでこの店舗を任されているバールさんに、屋敷に戻る事を告げる。

 白い帽子をかぶってすっかり菓子職人の彼は、ケーキのデコレーションをしていた手を止める事ができずすまなそうに目礼して答えてくれたので、苦笑しつつエプロンを外して帰宅の準備をする。

 店先に戻った私は、直立不動で美しい少年が待っているのを目に留めつつ小さなクッキーとパウンドケーキの小袋を取り、それを売り上げの手続きにして自分のお財布からお金を出しレジ代わりの小箱にいれると、ショーケースの間を縫って少年の横に並んだ。

「ごめんなさい、うちにはお菓子しかないから、とりあえずこれでいいですか? 少し先に私の家があるので、そこで食事にしましょう」

 え、と顔を上げた彼の手を再度とり、まだ握り締めていたブローチの上に二つの小袋を重ねる。

 慌てた彼がそれを両手でしっかりと掴んだのを見届けて、私はその美しい少年に行きましょう、と声をかけた。


 外に出ると、暖かな空気が身体を包む。少し周りを見渡してみるが、ガイアスとレイシスの姿はない。

 私が屋敷から出るときは必ず二人が、最低一人がついて歩くのだが、もちろんこの店と屋敷の往復の道も同様で、少し待ったほうがいいかと考えて、最近私の発案で用意されたテラス席の椅子を引く。


 人を待っていますので先にこちらでどうぞ、と声をかけると、再びフードを被りなおしていた彼は余程お腹がすいていたのか迷うことなく席につき、すぐにパウンドケーキを手に取った。

 かぶりつくものではあったが、どことなく品がある所作に、彼は恐らく貴族の出ではないか、と思考を巡らせる。なんでここにいるのかは知らないが。


 そもそもここの領主、マグヴェル子爵には子供はいない筈だし……というか容姿がまったくこれっぽっちも似てないし、裕福な商人の家かという線は薄い。だってこの領地にうち以外は有名どころはない。

 それに商人の子供にしては、少し浮いている。あんな高価なブローチと食事を交換しようとした事とか、まぁまず商人の子ならやらないだろう。

 その袖口のボタン一つで恐らくうちの店のお菓子全部買い上げてもお釣りがくる。ブローチなら屋敷が買える。つまり自分の持ち物の価値をわかっていないのだ、この子は。


 なーんでまた、お貴族様の子息が一人でねぇ。


 本来なら間違いなくありえない事だ。護衛の一人もおらずこんなところに私と同じくらいの年代の子が一人きり。

 ちょっと裏路地に入れば間違いなくこの子は身包みはがされて売り払われるだろう。


 最近知った事だが、この国はつい最近まで奴隷制度を採用していたようで、今は禁止されているもののどうしても根付いたそれがすぐになくなる事はなく、裏路地ではこっそりと奴隷の取引もされているそうだ。

 それを聞いて身の毛もよだつ思いだった。さすがに、小説などで見たことはあるが奴隷制度については馴染みなんてあるわけなく、平和な日本で育った記憶がある身としてはなんとも受け入れがたい話だ。

 

 ということで、こんなところに一人でいるのは異様である。ローブで隠してるつもりかもしれないが、悪目立ちである。

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